うちの実家はカソリックで、父方の祖父が住んでいた関西に墓がある。
母も父もそこに入るんであろう。多分弟も。
しかし自分はいかにせん。
いきさつあって教会から遠のいている身である。
しかしそんな身の上の人間が、そもそも父母の葬儀を教会で執り行ったとして、いけしゃあしゃあと参列してもよいものか?
そしてほかならぬ自分は?
などという行く末を素直に考えさせられてしまった本である。
筆者はまだ葬祭業が穢れ的なまなざしを受けていた頃から携わり、音楽葬などに取り組んできた生え抜きの葬儀屋さん。
なのでこれを読むとわかる。
菩提寺がわかんないとか、適当にやってくれとか、そういう持ってこられ方が葬儀屋さんにとっては一番大変だということが。
自分は後は野となれ山となれと思っていたとしても、遺された人との折り合いもあり、そのあたりをやっぱり生前に決めておいたほうがよいということが。
メモ。
*「大都会では地方からの出身者が多く、イザというときになって菩提寺の僧侶が間に合わないから、「葬儀屋さん、お寺さんも紹介して……」といわれる方が増えている。
御宗旨は? と尋ねるとこれがさっぱりわからない。「一番わかっていたおばあちゃんが亡くなったので知らないよ。困ったな……」という方が極めて多いのである。(中略)戒名を付与したお寺が、あなたの家の菩提寺になる…。学校教育で日本民族の文化を教えるなら、誰でも一度や二度は経験する葬儀について、なぜきちんとした教育をしないのであろうか。」
苦労が身にしみるなぁ。
学校でやるのは無理だろう。やっぱ親が「わかってんだろ」と高をくくらず教えるのが大切なんだろうな。
*「…何年か前、消費者代表の方々と業界が懇談会を開いたことがある、その席で消費者代表の一人が、「葬儀の料金は、死んでから葬儀屋さんを呼んで、そこで初めて料金表を見せられる。これでは生活設計もできないし、安心して死ねない」と言われたことがあった。
そのとき私は、「別に料金表を内密にして、皆さんの目から隠しているわけではありません。いつでもご覧にいれますが、なんでもないときにこちらから皆さんのお宅を訪れて、葬儀料金は現在このようになっていますが……、などと言い出したらきっと不愉快になることでしょう。かといって、葬儀屋さんに皆さんが日ごろお見えになって、料金を確認していかれるわけでもありません。ですからどうしてもイザとなって相談に上ったときに、料金の説明になるのです」と答えた。」
…これが葬儀屋さんの本音であろう。たまに料金表などのチラシが入っていることがあるが、日本人縁起悪いといってそういうのあまりミナイネー。消費者代表も足元を見てからものを言ったほうがよい。
*「全日本葬祭業協同組合連合会が消費者団体の要望に応えて、価格と業務内容の統一を目指して、地方別標準価格の設定を目指した運動を展開したことがあった。
この活動に取り組んで約七・八年経過し、少しまとまりかけた時点で、公正取引委員会からカルテルにつながると指摘され、あえなくこの計画はつぶれてしまった。」
…言葉がないな。
*全日本葬祭業協同組合連合会が組織された目的の一つに、行政の災害に協力するということがあったらしい、具体的には木棺の備蓄である。木棺というのは結構デリケートで一年ごとにメンテナンスも必要のようだ。そのために業者から基金を募集し、ある程度の数が集まったところで備蓄、運用しようとした。
ところが自治体要請により厚生省を訪ねたところ「自治省の管轄です」
自治省を訪ねると「地震対策は国土庁です」で国土庁政務次官を訪ねると「大変結構です」というわけで事務次官を訪ねると
「災害基本法は絶対に死者を出さないという主旨ですので死者を葬ることまで考えておりません」
…。
結局厚生省が自治体に通達し、県が最寄の葬祭業協同組合と協約を結んだらしい。
が、そこでも「厚生省は何で葬儀屋の提灯持ちをするのか」という反応だったという。
…。
様々な事情があるのかも知れないので一概に印象でものをいうのもなんだが、少なくともなぜそのような対応がなされねばならないのか、わかるような説明をしてほしいよな。
そんなわけで軽めに読める葬儀屋事情
葬儀屋さんが行くレビューでございました。
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