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ミクシーさんとサイトさんと

職場の後輩(美人、巨乳、歳は上)にmixiへのお誘いを受けたことがある。
お誘いを受けるまでは結構入りたいなーなんて思っていた。
色んな人(絵師さんとか)が「mixiでしか入手閲覧できない情報」を発信しておられるという話を聞いて、それを覗いてみたいな、と考えていたからだ。

だが実際に「mixiへのチケット」を手にすると、それは期待していたような輝きを放っていないことに気づいた。

私がサイトを始めたのは
「縁故のないところでコンテンツを見て欲しい。
縁故がなくても見る価値のあるコンテンツを提供しているという実感を覚えたい」
(もちろんリアル知人に見られるのが恥ずかしいというのもある)
と思っていたからだった。

たとえば中学高校の文芸部のような
「付き合いで買う、作品を見る、そして当たり障りのない(或いは評価される側には真意のよくわからない)評価をする」
というような流れで小説を公開したくなかったのだ。

「遠慮や気遣いや義務のない状態」で、読んで欲しかった。そしてそこに面白さがあればもう一度来て欲しかった。

そういう状況を実現するために、電脳空間は最適だった。
そして今、多分私は望んだ通りの場所に居る。

mixiは正反対の場だ。

前提は付き合いだ。
実際にやったことがないのでわからないのだが、「招待」されて初めて
参加を許され、身分もある程度明らかにされねばならないらしい。
リアルと等しいお付き合いの場所だ。
「遠慮と気遣いと義務」の世界だ。
これがいいと思う人が居るだろう。基本的には全員名無しさんに等しいウェブは怖い、と。リアルの関係で結び付けられたmixiの世界なら、悪いことをしようとは思わないだろう、悪いことは出来ないだろう、と。
だがその世界がリアルの延長、縁故の延長であれば、当然、リアルの世界、縁故の世界と同じような臆面もない弊害(RinRin王国さまより)が起こる。
またまるっきり逆に、その甘えの隙を突いたえげつない状況も生起する(ワンクリ詐欺の人のサイトより)。

言いたいのは。
結局、mixiって大変じゃね? 紹介でリアルと同じ「遠慮と気遣いと義務」と引き換えにリアルと同じ信頼性を期待しても、知り合いの知り合いをどんどん辿ってゆけば結局全人類に行き着くように、その先にあるのは実のところ有象無象の正体不明じゃねぇの? それなのにそこが
何で安全だと信じてるの?

ということなのだ。

で、安全危険の議論も必要だと思うのだが、それ以上にビミョーなのは、紹介制とかお互い身元が確かだという期待が甘えを生んで
過度な身内意識の場 およびそれに基づいた世界観とルール
を養っているのではないかということだ。

上にリンクさせていただいたミクシーちゃん問題がとてもよい例だと思う。
教えてちゃんという用語すら知らなさそうな純真無垢なミクシーちゃんを相手にするのは、いかにも大変そうだ。
とはいえそれは極論を言えばmixiに参加していなければ避けて通れる問題なのでよしとしたい。
そういう世界観で成り立つ閉鎖されたコミュニティが必要とされているから、mixiが隆盛しているのだろうとも思う。

問題は、
mixiの世界観、mixiのルールを、閉鎖されていない電脳空間に適用しようとする人々だ。

よしあしではなく、電脳空間とmixiとは異なっている。
極論を言えば、名無しさんしかいない世界だ。
そこでサイトやブログを開いたりしている人間は、前提として名無しさんを相手にしている。
開設当初は「誰が見ているかわからない」を頭でわかっているつもりでも、リアルでその状況に面すると、現実は常に予想の斜め上をゆくということを理解する。
そうやって、苦しんだり嘆いたり時には浮かれたりして、この「名無しさんの世界」に順応してゆく。

そういう「名無しさん」に慣れ、あたかもプロの情報発信者のように、誰ともわからない人に対応しなくてはならない状況になんとか慣れ始めたサイト或いはブログ運営者にとって、これまで一番対応に戸惑う相手は
「うっかりサイト或いはブログを教えちゃったリアルの知人(ネット初心者)」
だったが、その地位を近年になって
「リアルの知人で、且つ、情報を交換する場がmixi世界に限られているひと」
に取って代わられたのではないか。

リアルの知人であっても、mixiでない電脳空間への慣れがあれば、「名無しさんのまなざし」を考慮に入れたあるいは内在化した行動を取ってくれる。
そういう人からの書き込みは嬉しいもので、リアルの知人を匂わせながらも親しさを露呈しすぎず、おかげでサイトへの信頼性を増してくれるのではないかとさえ勝手に思っている。

リアルの知人で、且つ、mixiしか知らない、mixiに慣れている、或いは電脳空間はmixiのようでなければならない、と考えている人への対応は難しい。
自分の身に付けたルールが限定されたものであるということに無自覚で、むしろ「自分はmixiに招待されるほどネット通」だと自認している。こういう人の電脳空間での行動には周囲との温度差が生じる。それは時に、サイト管理人を困惑させるほどに、微妙だ。

ネットは怖い(事実だ)けれどもmixiなら安心、ネットで情報を発信していたけれども通りすがりの名無しさんにコメントされるのが鬱陶しいからmixiに言った、ネットはそもそもmixiのようであるべきだというような人は、
リアルの延長としての電脳空間であるmixiに馴染んだだけで、リアルとは全く異なる電脳空間のルールを理解しない(或いはできない、或いはしようとしない)立ち位置にある
といわざるをえない。

過度な身内意識に基づいたコメント或いはレスは、mixiなら大歓迎されることだろう(よく知らないけど)。
だがここは名無しさんの行き交う場所なのだ。よしあしではなくそうなのだ。
そこにmixiのルールを持ち込むのは、
空気が読めない
所業ではないか。

mixiで情報交換に慣れたとしても電脳空間では通用しないと思うのだ。紹介とリアルが前提のmixiルールと、名無しとバーチャルが前提の電脳ルールとは、異なっていて当然なのだ。


だから私は、電脳空間に出てきて情報交換しようとしているミクシーちゃんに問いたい。

その記事は誰に向かって書かれていますか?
その場所は誰に向かって開かれていますか?

あなたは、mixiと電脳空間とが異なるものであるということを、理解できていますか?

と。

ぶっちゃけ、
リアルの知人としての重要な情報交換は名無しさん前提の場でするのはやめましょうよ、メールにしましょうよ。
ここはmixiじゃないんですから。

ということなのだ。


で。
結局私は「閉鎖された空間でのみ公開されている様々な情報」「招待制によって構築された信頼のおける空間」というメリットよりも、「お互いがリアルにつながっているという前提から生じる遠慮や義務や気遣い」「おそらくその空間に満ちているだろう馴れ合いの雰囲気」を厭うて、ありがたい招待をお断りした。
だから私は結局のところmixiのシステムを知らない。
その場の信頼や安全がどのように守られているのかもわからない。
私が想像しているよりも、よほど、mixiというのは安全な場所、馴れ合いを許す場所なのかも知れない。
だが、最近になって、mixiの中でのみ公開されているはずの様々な情報が流出しているのをしばしば目にするようになってきた。
そうであれば、一部の参加者の持っているらしい「名無しさんのいない場所としてのmixi安全神話」「外に情報は漏れないというmixi安全神話」がほんものなのか、疑うべき時期に来ているのではないか。


そこはほんとうに、あなた自身をさらけ出してもいい、安全な場所ですか?

参加者の増えた今、電脳空間に近い場所に変わってしまっていませんか?

そこにはほんとうに、名無しさんはいませんか?
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テーマ : インターネットの利用
ジャンル : コンピュータ

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メディアの特性

コメントものすごくありがとうございます。

それぞれのメディアには特性があります。メディアを使う以上、それぞれの特性を弁え、応じて関わり方を変えるのが賢いやり方だと思うのです。ネットはナナシさんの住処で、でもネットというのは使い勝手がいい、じゃあナナシさんのいない世界をネット上に作ってみよう、というのがSNSだと思うのです。それは大変結構なのですが、やっぱり拡張していく上でどうしてもナナシさんのいる世界と溶け合ってしまう。それが嫌なら最初からパスワードでリアル友人しか居ないところで世界を構築するほかないんじゃないか。溶け合っているという事実から目をそむけて私たちの居心地のよい場所幻想に浸っているのは、なんだか女子高生のウチラ幻想みたいでビミョーですね。弁えて使っておられる方はいいのです。そうでない方々が、その安穏さのままに増殖すると、なんだか難儀になりそうだなぁ、と。

というわけで自分は「見えない観客」のあてどなさと心地よさとを双方愛しているのです。
ネコタ斑猫 拝

mixi・・・

fc2を何気に彷徨ってたらここに来ました
私もネコタ斑猫さんと同じことを考えてます
mixiのようなSNSが流行るのはネット特有の匿名性が嫌だという人が増えてるからなんでしょうね

ネットの利用人口が増えて様々なサービスが生まれてますけど、肝心なのはそれを使う人だと思ってます
SNSが悪いこととは思ってませんし、利用してる人をどうこう言う気もないのですが、ネコタ斑猫さんが
言ってる通りそこのルールが当たり前と思ってる人が増えると嫌ですね

自分のことを必要以上に晒して、リアルと同じような付き合い方をするのも良いですが、匿名性の中で自分を表現して自分の意思を伝えるのもネットならではと思います

最近はネットの匿名性が悪いことのように受け取られてますよね
今後もこういう風潮になっていくのかなと思うとつまらないなぁと感じています

to翔ぶ犬さま

mixiの招待制は基本的に性善説にのっとったものだと思うんで、危ないなぁと思っていたんですが。
一度悪意ある事業者たちの輪とmixiが重なっちゃったらおしまいなんじゃないかな、と。
あと友達がおきてるかっていうのはなんかヤフーオンラインでも代替可能っぽいですが、あれ、誰にでもオンラインをお知らせできたんでやめたんですよ。
オンラインお知らせできる相手のレベルとか設定できるといいんですけども。

いやー、ミクシーリアルにやってる人にしかわからない情報、ほんとにありがとうございました。

では山海堂についてはご報告お待ちしております。気持ちのいい場所ですよー。うふふ。

では卒論がんばってください。あのインタビューみたいなスタイルになるのかな? 今度サイトの日記覗きに参りますね。

ネコタ斑猫 拝

toりんぱぱ

ぶっちゃけりんぱぱへのレスはいつも非常にしにくいんですが、それは酩酊カキコのせいなのかそれともこれが「記事に対するレス」というよりは「「リアルのネコタへのレス」それとも「りんぱぱにとっては自明である自分自身のスタンスを前提とした断片的なコメントとしてのレス」であるからなのか。
また書いてることがよくわからんとかいわれそうですが、要はここはいい意味でも悪い意味でも有象無象の来る場所であり、コメントにしてもあまり断片的であるとよくわからないということです。ここはmixiじゃないんで、もう少し言葉を補ってくれるとありがたいなぁ。いろんな人が読むのよ。そして私もまだ君の書き方に慣れてないのです。そんなわけで気の利いたレスがつけられなくて残念です。ぽこぺん。

うーん、確かに。

私もmixiやっているんですが、確かに安全面という点では?な部分が結構あります。
特に一番問題(逆に利点にもなるかも w)だと思うのは、メールアドレスを複数持っていれば(Hot mailとかでも可)自分で自分を招待できるという点です。自分で自分を招待して、さらに最初の自分との関係を消してしまえば名無しの人が簡単に作れてしまうんですよね。それだったら紹介制にする意味ってあるのかな? って思ってしまいます。これだけmixi人口が増えてしまうと入り口はどこにでもあるし、紹介制にする意味って実はほとんどないんじゃ……。
唯一mixiの良い点といえば、友だちが今起きてるかどうかが分かるっていう所ですかね (知人が最後にmixiに入った時間が表示されるので)。でも、そこまでプライベートをさらけだしちゃうのもどうかなとも思いますし……。

ついでに☆
「アレ」は自分で買いにいきます。金属の悦楽というのをぜひ味わってみたいので (^^;)。もし、買いに行ったらメールか何かで報告しますね♪
でも、しばらくは、卒論で忙しくて外にすら出られないです(T_T)

いやいや。

mixiも葉山空間も一緒だ!
っつーかコミュは確かに不自然だな。
なにが「安全」かは考えなかったなー。

唯、自分のソースを表現したいんだけどちょっとここだけよーん♪っつー場所じゃねーか?
書くことに反応を求めるのは性だが、それを目的にしたら虚しいっす。反応がないと!
せまくなるー!
酔ってる。
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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