当代日本で無駄なもの、ランドセルとリクルートスーツ

小学校入学時にランドセルを一律的に購入する風潮が不思議でならない。
入学したての小柄な子だとランドセルに背負われる状態になるくらいでかくて重い。バランスも危うく場合によってはよく転ぶ。
そもそもランドセルというのは効率的な鞄であるのか。
電車でリュックを背負うのは非常に邪魔な行為であるが、ランドセルはあれのハード版である。
なんというか、皮でがっつりできた箱なわけだから、満員電車など言語道断、勢いよく振り向けば近隣の人にダメージを与えられるほど殺傷力が高い。
かつ、雑駁な道具を携帯するのが定めの小学校生活であるにもかかわらず、その収納はノート教科書筆箱などにのみ特化されているため、サイドにぶらさげる羽目になる。
これがまたバランスを悪くする一助となる。
さらに収納状況も不安定である。蓋を閉め忘れたまま元気よく挨拶をした途端中身が全部ぶちまかるというのは小学校の頃のほほえましいあるあるネタとして定番だが、考えてみてほしい、あれは大いなる欠陥ではないか。
今でもあるのかわからんが、じゃんけんで負けた奴にランドセルを持たせるというもの、あれもランドセルがリュックだったらあそこまで難儀にはならんだろう。しかしてランドセルは皮でできた箱なのである。背負い手がついているとはいえ全体硬質な皮の箱を複数背負うというのは、布でできた鞄あるいはリュックを背負うより困難が増す。
そして何より、ランドセルを卒業まで利用する小学生は極めて少ない。
ファッションにこだわりのある女子連は安全保障のためランドセルに黄色いカバーを付けよう期間が終了したとたん自前のリュックで登校を始めたりする。
試しに近所の小学生の登校風景を観察してみるといい。ランドセルの比率は少ない。。
斯様に非効率なランドセル、昨今はイオンなどががんばってくれているが、安くても1万円、通常は3~5万もする。
リーマン用の鞄の相場が2万として、結構な代物ではないか。
えー、まぁここまでの段で何を言いたいかというと、
そう長く使うもんでもない、機能的にも現在の学校生活には十分とは言い難く、取り回しの悪い、高額なランドセルというのはもう廃すべきなのではないかということである。
子どもたちだって、ランドセルたのしみねーという親からの刷り込み暗示がなくなれば、スポーツタイプやかわいいタイプのリュックを使うことに疑問は持たないはずだ。
大体ランドセルが十分に機能的だったらビジネス用ランドセルとか出ててもおかしくないだろう。

リクルートスーツ。
あれは、ランドセルよりもっとひどい無駄だ。
そもそも、ビジネスシーンでは黒のスーツはマナー違反である。
本来ネイビーかグレーであるべきビジネススーツ、それがなぜ日本に於いては葬式のような黒のスーツで会社回りをするというガラパゴスルールが成立したのか。
ビジネスシーンで使えないのだから、リクルートスーツは就活期間限定利用のものとなる。
一生に一度、せいぜい半年しか利用しないものを、百貨店などはあの手この手でより高いものを売りつけようとするから始末に負えない。

ランドセルもリクルートスーツも、これほどに多様化した日本の消費の中で牙城を保っている、「初心者に対して、それほど機能的ではなく長くも使えないものをあたかも必需品のようであるかのようにご祝儀価格で売りつけることを許されている悪しき慣習」の例であると思う。
入学にせよ、入社せよ、むしろその後にいろいろお金かかるのだから、結構高額なランドセルリクルートスーツの一律購入は、終息させていただきたいものだ。

なおうちの子は入学後ひと月でランドセルをやめた。理由は「大きくて邪魔だから」「なんか物入んないし」。
んででかめのスポーツブランドのリュックサックに移行。水筒入れもサイドにあるし、教科書以外体操着入れなどの有象無象も入る。ファスナーも上部についているから閉め忘れもないし閉め忘れても全開にはならないから中身すべてがぶちまかるということにはならない。母の愁嘆を他所に、彼は元気よく出かけて行ったものだ。
二人目も同様であった。
ピカピカのままのランドセルは、それでも入学の思い出として捨てられず、納戸の奥にしまってあるのだが。
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ネコタ斑猫

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    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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