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お蔵出し 百物語第二夜其の九十 パンチラISM 、または僕がいかにしてパンチラのみを愛しパンモロを嫌悪するようになったかについて

 今回の出来事を明かすにあたって、パンチラの表記法に迷った。
 パンチラかぱんちらかはたまたパンちらか。
 グーグル先生に聞いてみたところ、パンチラ>ぱんちら>パンちらであったため、パンチラの表記を採用した。
 
 パンチラ。
 僕はパンチラが好きだ。誰だって好きだろう。しかし何故好きかと問われれば答えに窮する。
 何故パンチラなのか。それはたかがパンツではないか。布切れではないか。繊維ではないか。どうせなら先を望め。男子たるもの真の目標はヴァギナであろう。そうであれば、パンチラよりもマンチラ(リアルにそういうものにお目にかかる機会があるかどうかはともかくとして)を志向すべきではないのか。
 否。
 自分はマンチラに萎える自信がある。赤貝のようなアレにふい打たれたらたとえその持ち主がどんなに美しくどんなに清楚なお嬢さんであったとしても屠殺される山羊のような表情でがっくりと膝を着く自信がある。なぜか。別にヴァギナが嫌いとかそういうわけではない。大体ヴァギナは好き嫌いの対象ではなかろう。あれは本能的な需要を呼び覚ますだけで、心のイコン、あくがれの的になるようなものではない。
 やはりグロテスクだからだろうか。はみ出した内臓そのものであるからだろうか。
 いやそんなことを言えば自分のペニスだって相当グロテスクなものだ。全身わりと慎重に滑らかにこしらえてあるにも拘わらず、何故両性とも生殖器はこんなグロテスクな作りなのか、進化の神様に問いただしたい。しょーがんないんだろうが、何か違う。
 パンチラ。
 パンチラは神である。女神の光臨であり、幸いの不意打ちである。マンチラはありがたみが生々しいのにパンチラは見たものの精神を高みに押しやるほどの幸福力を孕んでいる。極度の守備範囲外はともかくとして、自分の好みのタイプの女性のスカートが突然風にあおられ、その奥の清楚なる布きれが一瞬、ほんの一瞬視野に閃き…そしてたちまちの内に再びスカートの帳の向こうに隠れてしまった、そんな場面を想像して欲しい。それはいったいどんな喜びだろうか。自分の運のよさを誇り、神に感謝せずにおれるだろうか。一瞬であるということが大事なのだ。それは閃きであり、そして刹那であらねばならない。パンチラの本質は儚さであらねばならない。夏の夜空の花火よりなおその命は短く、それゆえにいつまでも見たものの心に残る、そのようなものであらねばならない。
 畢竟パンモロは邪道である。
 たとえそれが当の女性の意図しないところであっても、パンツが見えっぱなし、露出しっぱなしというのは僥倖よりもむしろ不憫を覚える。あまつさえ女性自身がパンツの見えていることを承知しているなぞ言語道断あってはならない事態だ。男子が目を離せなくなっているのをいいことに蔑んだりまたは何か採算的な理由でパンモロの状態を継続したりそういう仕事が男子をいったいどれだけ落胆させ幻滅させしまいには当の女性に侮蔑を向けさせてきただろう。そんなあからさまな真実に何故女性は思い至らないか。確かにパンモロの女性は衆目を集めるであろう。だがそこには恋慕も憧憬もときめきもない。そこにあるのはただそんなことをしてのける女性への呆気と好奇と憐憫のみだ。そんなことをして男子の目を集めたいのか、そんなことまでしてお前は見られる対象でありたいのか。
 にもかかわらず世にはパンチラとパンモロとを混同し、例えば女子高生がしゃがみこんでそのまたぐらの布切れが無防備に露出されているそれをいかにも正当なパンチラであるかのように言い立てて手柄と思っている輩がいる。
 否! それはパンチラではない! 途方もなく稀有な千載一遇ではない! それはそこにただ出っ放しになっているじゃあないか!
 そういうのはただの露悪というのだよ、君。
 永続するパンチラなどパンチラではない。大体言葉にもそぐわない。大切なのはパンのみでなくまたチラなのだ。あくまでも注意深く隠されているものが、秘匿すべきものが、思いもよらぬ契機で露呈されてしまった、しかしそれは極めて貴重であるからすぐに再び隠されなくてはならない、そういうものなのだ。そしてまたそのように男子に追認させてくれる含羞の女性こそがパンチラの価値を高めるのだ。そんな、パンツが露出していようがしていまいが気に留めないような、ナイロンザイルのように雑な神経の女性に含羞は演出できまいよ。
 しかして結局パンチラのマンチラに対する絶対優位の所以は何であろうか。同じチラであるならば、より核心に近いマンチラをむしろ人は尊重し憧憬すべきなのではないか…それが極めてまれな、否たとえ現実にはほぼ起こりえない事態であったとしても。
 それでも思考実験をすればマンチラよりパンチラの方に軍配が上がる。
 
 羞恥の延長最後の一枚であるからパンツはヴァギナより上なのだ。
 僕はふいに思い至った。
 パンツは外だ。社会との接点だ。パンツを脱ぐのは私的空間においてのみ、公的空間ではパンツは必需だ。
 パンツはわきまえている。パンツは馴れ合っていない。パンツは最後の規律だ。最終局面に控える理性だ。パンツこそ社会性であり、それはたった一枚の薄い布切れでありながら尤も私的な肉体の部分を守っている。
 そのぎりぎりの危うさが結局パンツの本質であり、またパンチラの魅力を高める要因なのだ。ほんの何ミリの薄さの表と裏。私と公との分水嶺。あんな小さな布切れが、なんという大役を担っていることだろうか!
 その可憐さが、そのいじらしさが、その健気さこそが、パンチラとマンチラとの天地ほどの格差を担っているのである。


 そんなパンチラ主義者である僕に友人が誘いをかけてきた。あたかも鬼の首取ったが如くに
 「お前、パンチラパーク知ってるか? パンチラパークいこうぜ! 」
と。
 僕を誰だと思っているんだ、といやな笑いをしてみた。そんなもの周知で、そして無価値だと思っている。
 いかにも素人好みだ。聞くところによるとパンチラパークはさまざまなシチュエーションにさまざまなジャンルの女の子がたたずみまた歩きその過程で非常に頻繁にパンチラが演じられるのだという。女の子たちは恥らうときもあれば平気なときもある。無意識のパンチラにぐっと来る客も不覚のパンチラにぐっと来る客もいるためだ。もちろんパンモロが好きなお客のために露出しっぱなしのこともあるという。一時間なんぼの入場料制、女の子によっては客の持ち込みパンツ(新品に限る)をはいた上でパンチラを拝ませてくれることもあり、またそのパンツを返却するサービスもあるという。
 もちろん有償のオプションサービスだが。

 生粋のパンチラファンにとって演出されたパンチラは邪道である。、
 パンチラとはあくまでも不慮でなくてはならず、またパンチラ者がパンチラに対して強い羞恥を持ち続けておらねばならない。そうでこそパンチラは宝石のように希少な現象となる。
 兌換可能になったパンチラに何の価値があろうか。
 パンチラは金銭に換えられぬ可能性であり希望でなくてはならない。不意打ちであり偶然でなくてはならない。
 そんなこと、他の誰よりも僕自身が承知している自信がある。
 にもかかわらず。
 僕は結局そこに足を踏み入れることになってしまったのである。
 何しろ友人は
 「お前のためにチケットを手に入れたんだぜ」
 などというのだ。パンチラパーク、思いのほか人気で入場予約が一月待ちなのだという。どこの高級レストランだ。
 またパンチラパークは女の子の質が高いことで有名らしい。
 基本がパンチラということで、女の子たちの心理的ハードルが低い。勤務時間も比較的自由、その癖バイトとしては割りがいい。結果、風俗の垢のついていない女の子たちがこぞって面接に来るようになり、売り手市場なんだそうだ。
 
 それを知って、正直、ちょっと興味をそそられた。

 まあ素人の粗雑なパンモロに比べたら演出されたセミプロの(しかしあくまでも中身は限りなく素人…であってほしいなー)良質のパンチラの方がはるかに上だろう。天然モノのパンチラにこだわる自分でもそのくらいはわかる。えさに気を遣った養殖物のほうがヘドロの海で育った天然モノより美味いのは道理だ。もちろん最上は美しい天然の海で育った天然のうなぎだろうけれども。
 いや、うなぎの話じゃあないな。

 というわけで、折角の友人の誘いでもあり、それに応じて改めて調べたり話を聞いているうちにわりとその気になったので、僕たちは次の火曜仕事帰りにパンチラパークにゆくことにした。

 パンチラパークはとある風俗王の建てたショッピングモールにあった。
 のっけから攻撃を受けた。受付嬢の良質パンチラである。
 受付嬢は膝をきちんとそろえ足を斜めに流している。が、制服がミニのタイトスカートなので、隙間から魅惑の三角地帯が覗けそうだ。常において、電車の向かい側、ニュースのアナウンサー、そして机の下から見た同僚のその部分は謎めいた闇につながっている。そうしてその無限回廊のごとくか細い闇に気づいてしまうと、男はそこに実に70パーセントほどの意識を奪われてしまい、三角地帯が消滅するか自身が立ち去るまでの間、終始いかにも不審な挙動を披露し続ける羽目になってしまうのだ。今まさに自身が陥っているがごとくに。
 受付嬢は、きわめて冷静な、僕のまなざしを知らぬごとき振る舞いで招待券を確認した後、
 「どうぞ 」
 と僕の目を覗き込むように微笑んだ。
 そのまなざしを見て、僕は、彼女が僕の視線のすべてを承知していたことと、それが許される場所であるということを実感したのである。

 パンチラパーク。
 白状しよう。舐めていた、パンチラパーク。ここまでやってくれる場所だとは思わなかった。ありがとうパンチラパーク。
 というわけで概要を説明しよう。
 シチュエーションは基本的に公共の場である。なぜならパンチラとは公共の場においてたしなむべきものだからだ。プライベートな場面でのパンチラは、身内のパンチラだったり彼女のパンチラだったりしてパンチラ度が低い。なんというのか、ここでも先に述べたパンチラの社会性がかかわってくるわけだ。そもそも隙の許されるプライベート空間とは異なる緊張の場、公共の空間においてこそパンチラの価値は高まるのである。
 学校、会社、公園、路上、駅レストラン、病院、…我々が「ここでこそパンチラを拝みたい、ひらめきゆれる布の奥襞かき分けて輝く白に巡り合いたい」と思うようなシチュエーションが余すところなく網羅されている。お前俺? といいたくなるほどに見事なセレクトだが、まぁおそらく男性の好みの最大公約数なんてこんなものなんだろう。学校(教室と校庭を模した小さな空き地につながる階段が設置されている)ではロリフェイスの少女たちが短いスカートをひらひらさせながらおしゃべりしたりごくたまにスカートのめくりっこをしたりしている。時々強い風が急に吹いてきてひらりとめくれ上がったりそれを慌てて押さえたり。 
 駅ではやはり制服の少女が例のごとくぎりぎりの短いスカートの後ろをわざわざかばんで隠したり手で押さえたりしながら上っている。が、ガードが固いようでありながら急に思い出したようにかばんの中を探り出すその垣間見! そう、このシチュエーションだ! どうしてあんなに短いスカートをはいておりながらこうもガードが固いのだ! といつも不満に思っていた。ちょっとぐらい隙を見せてくれたっていいじゃないか!
 それに対する答えがこのパンチラパークだ。
 最初から押さえもしないで階段を上って行けばリアリティがない。押さえているところにふいに生まれるわずかな隙、意識が背後から鞄に移るその瞬間の無防備さ、それこそがパンチラの醍醐味なのだ。
 他、レストランでのアンミラ風ミニスカの女の子が落としたものを屈んで取るときのあののびやかなかかとふくらはぎひかがみ太ももに連なるまばゆいパンチラ! はたまたテーブルを拭くために乗り出したときの無防備! 保健室の先生のやけにミニなタイトスカートの足の組み換え、しゃがみこんでいる少女の股間(これはパンモロに相当するが折角の機会なので無遠慮に見つめさせてもらったところぱっと隠して頬を染めたその絶妙な演技指導に僕はやられた)、電車の向かいの緩い股間、プリクラのカーテンの下から覗けるはみ出したようなパンチラ、ペット愛撫する少女のパンチラ、スリット入りロングスカートの計画されたパンチラ、フレアスカートは風にあおられ、ロングスカートも風にあおられ、公園ではブランコに乗りまた滑り台をしまくれあがってそれを羞恥し、ああ、ああ、右見てもパンチラ左見てもパンチラ!

 実は入場券だけでは全てのパンチラシチュエーションを拝むことはできなかった。自由なのは路上など公共の施設だけで、学校や病院、保健室や喫茶店などに入るには別料金が必要だったのだ。まあ喫茶店はメニューを注文すればそれで足りたが。しかしそんな別料金がまったく気にならないほどのパンチラの自然さだった。この程度のパンチラなら運がよければ結構拝めるものだ、という者もいるかも知れない。だがそんなことをいう輩はわかっていない。確かにパンチラチャンスは春先などには大いに増大する。だが、そのパンチラを無遠慮に凝視しても相手の女の子から侮蔑されることなくただ「えっち」という言葉やら羞恥やらのみを返されるなどという状況が現実にありうるだろうか? ある。パンチラパークのパンチラは安全だ。保障されたパンチラだ。この点で、ただパンチラの提供でない、精神と自尊心との安全を確保している点においてこそ、パンチラパークの意味があるのだ。
 
 僕は調子に乗ってあちこち見回っていた。病院で看護婦さんのパンチラも拝んだ。会社でOLさんのパンチラも拝んだ。そして一通り堪能した後やはり一番好きで一番遠く一番懐かしい学校のパンチラを見るために戻ってきて。
 気づいた。
 非常階段に、一人少女が座っている。その少女、真っ白に無表情だ。そして、ひどく無防備に、そう、パンモロの状態をずっと続けている。
 何か、おかしい。やばい。
 僕はそう思った。見ちゃだめだ。気づいちゃだめなんだ。
 彼女が座っているのは階段の一番上で、どの少女もそこまで上ってはいかなかった。その一つ下の踊り場まで行くとひらひらと戻ってくる。
 そうだ。
 少女たちは皆よく歩き回っている。座ったりすることもあるけれども、基本的には駅に行ったり路上に行ったり公園に行ったり店に行ったり、おそらくパンチラチャンスを増やすために巡回している。だが彼女は多分僕がここに来た最初から同じ場所に座っていて、そして今も同じ場所に座り続けている。
 ずっと?
 ずっと!
 
 (考えないようにしよう)
 急に金玉が冷たくなった。蟻の門渡りが収縮し、いやな気分が血管を駆け巡る。気のせいだ。ただの気のせいだ。ゆっくりと、相手に悟られないように目をそらし、そっと教室内に移動した。そこで無邪気で健康的なパンチラを堪能して気を晴らそうとしたのだが、あれに気づいてしまったせいで、最初ほどは楽しめなくなっていた。

 「どうよ」
 友人が自慢げな顔で肩を叩いてきた。お前演出されたパンチラがどうのとかいってたけど、楽しそうじゃん。
 「まぁな」
 僕は答えた。
 「連れてきてくれてほんとに感謝してるよ。今度は自腹だな」
 「言ってることが違うじゃねーか」
 「いや、もういい年だし、なんか安全なパンチラっていうのもいいもんだなって思って」
 「いい年のやつがこんなとこくんなよ。で、どの子がタイプ? 」
 そうだな…言いながら黒板の方に目を移すと。
 そこにあの少女がいた。
 真っ白な顔で、床にしゃがみこんで、パンモロの状態で。
 (いつのまに)
 (移動したのか)
 (じゃあ、…人間なのか)
 そう考えて安心しようとした。そしてまた目を…そらそうとした。
 少女はうつろなままだ。ぼうっとどことも知れぬ目の前の空間を見つめている。
 だが、何か変だ。
 そう思うとその違和感のもとを突き止めずにおれなくなった。なんだ? この違和感は? 何がおかしい? 僕はそっと目を泳がせて彼女の表面を探った。髪型から顔へ。顔から首筋へ。首筋から胸元へ。両の手、腹部、スカート…。
 パンモロ。
 (え? )
 ぬれていた。ぐっしょりと。おもらしをしたのか? そういう演出か?
 そうではなかった。
 それがなんであるかを理解したのは、そのすぐ後のことだった。
 
 濡れて半ば薄く透けている白い木綿の布、その奥が蠢いた。
 何か丸いもの。赤いのか黒いのか白いのかそれとも肉色なのか。
 もがいている。
 僕は言葉をなくしそれを見つめていた。その光景を見つめていた。
 細い何かが布を掻き…それは指のようだった。
 何度ももがいて、布は何度も丸く膨らんでははじき返すように戻った。破けはしまい、恐れつつ私は布の丈夫さに縋り安堵していた。が、そのうち…驚いたことにその丸いものは布を破ることなく影のようにするりと通り抜けた。
 ぼたり、と床に落ちた。
 長い青白い紐に繋がれたそれは、しばらくの間、粘液をにじませながら、うようよと蠢いていた。

 少女は終始無表情のままだった。
 微動だにせず、僕が最初見たときと同じ格好のまま。
 
 あれから僕はどうやって外に出たのかよく覚えていない。
 ただ、友人がひどく心配して、送ると言ってくれていたことだけは覚えている。
 
 
 あの少女はこの世のものではなかったのだろう。
 僕に縁があったのかもわからない。あの場所に縁があって居ついているのだと考えたほうが自然だ。
 なぜあの少女があんなことになっていたのか、それもわからない。望まぬ妊娠だの堕胎だの流産だの隠れた出産だの、そんな単語が連想されたが、詳細を知りたいとも思わなかった。


 とにかく、あれ以来、僕はいよいよパンモロが恐ろしくなった。
 無造作に開かれた緩い股間を見ると、それが布に守られていようと、恐ろしくてたまらなくなった。

 (そこは、温かい水に濡れた何かが、出てくる場所なのだ)



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非公開コメント

じゃでさま、コメントありがとうございました!

パン○ラっていいですよね。
自分は外ではスカートはかないんでパ○チラできないんですが。
なお個人的には白シャツタイトスカート髪アップメガネの司書または秘書タイプに興奮する模様。
監獄学園とかサイコーですよね。

では!
ネコタ斑猫 拝

なお、伏せ字にしたのは不正な投稿と判断されたせいです。FC2はエロ動画やってたくせに厳しいな!

素晴らしい!
女性にとって日常であっても、男にとっては非日常で一瞬の奇跡を、こんな的確な言葉で紡ぎ出すなんて。
一度ゆっくり呑みながら話したいです。
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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