【ネタバレありあり】重版出来! に見られるユートピア的違和感について

重版出来! (じゅうはんしゅったい)とは、小学館のビッグコミックスタイトルから出版されている、漫画雑誌編集部を舞台とした漫画である。
何しろ小学館の編集部が自分たちを主題に作家さんに描かせているのだからその内容が濃くないわけがない。
編集部の仕事を知りたければこれを読むのが手っ取り早い、いわば「14歳のハローワーク 漫画版」と言っても過言ではない仕上がりになっている。
漫画好きであれば、ああ、こうやって漫画は私達の手に届くのだな、ありがとう編集さん、この漫画を作家さんに描く機会を与えてくれて、そしてそれを私達に届けてくれて、と感じ入ること必定である。
が、少なくとも一巻における物語のロジックは、おそろしく皮相的である。
どのあたりが皮相的であるか。

主人公の黒沢さん(註:ツキノワグマっぽい)は、柔道でオリンピックを目指しておりながら怪我によって選手生命を絶たれた女子大生である。
と書くとえらい悲壮感があるが、格闘技によって強靭な精神力を得た黒沢さんにはそのような陰の匂いはなく、柔道を始めるきっかけとなった名作「柔道部物語」のように、世界の共通語となりうる漫画を作家さんと共に作ってゆきたい! という陽の方向に見事方向転換する。
が、このような「売るためのロジック」からかけ離れた「私の決意表明」は、果たして最難関である超ビッグネームの出版社の最終面接で通じるのか。

漫画の中から読み込みうる答えは、
通じたような、通じないような
という曖昧なものになってしまっている。

なぜなら、
最終面接の決意表明の直後、黒沢さんは、掃除夫に扮して変装面接をしていた社長に体軸のブレの無さを見込むあまり手合わせを望み不法侵入者の体で闖入してきた社長を投げ飛ばし、最終的に及第するという変則技を使ったからである。

そこにあったのは、
何故御社を志望したか
何をどのようにやりたいのか
をロジカルに述べた結果の評点ではない。

掃除夫が実は社長であったという
「運」
である。

さらに、黒沢さんの「運」の強さを説得するための黒沢さんのロジックとして、
「善行を詰んで運を貯め、その運を以って「同じくらい努力をしてきた相手」との対戦で競り勝ち、結果を出してきた」
というものが開陳される。

一方の変装面接好きの社長。
こちらも同様のロジックを持っている。
社長は札で自販機の飲み物を購入し、その釣り銭をあえて残して誰かに施す、という奇珍な慣習の持ち主である。
作中ではその慣習で路上生活者が助けられている、という描写もなされている。
何故そのようなことをするのか?

彼はその昔母に捨てられた子であった。
優れた学才を持っていたにも関わらず、財に恵まれなかったゆえに学問の機会を喪くし、強盗という悪行を繰り返していた。
が、ある時悪行の相手に、悪行による運の浪費を戒められ、一転して真摯なる生き方へと向かう。

この二人のロジック、そしてまたおそらくこの物語の世界観から隙見されるものはなにか。

それは、
何故この漫画が売れるのか? について覚えている、
他でもない、重版出来! というこの漫画の製作に関わっている、小学館編集部の迷い
である。

小学館編集部は、漫画のタイトルを
重版出来!
にしたからには、作中漫画が売れる必然のロジックを描かねばならないと考えてしまった。
だが、現実はどうしたことか、
どれだけ実績を積み、その実績から導き出した「売れる(はずの)ロジック」をもとにどれだけ予測し、どれだけ編集部が奔走しようとも、全く思うようにならない。
その思うようにならぬ現実、すなわち
ロジックの通用しない茫漠たる買い手の得体のしれなさ
を日々痛感している編集部が、「何故作中漫画が売れたのか」を読み手に説得するに足るだけのロジックに似たものを求めたところ、ようよう見つかったのが、とてもロジックとはいえない、だが言い換えようもない
「運」
だったのである。
しかしてその運は、黒沢の競馬好きの上司が黒沢に試しに求めてみたような、「なんかよくわかんないけど当たった、大穴だラッキー」
などという粗雑なものではない。

なぜ編集者が作家に描く機会を与え、世に出した作品はこのように売れるのか?
それは、ほかならぬ編集者が、私欲をなくし善行を積み、運を貯めた結果なのだ…!

このように描くと、なんともはやこそばゆいわけであるが、仕方がない。
実際に彼ら編集者が直面しているのはこのように換言せざるを得ないほど得体のしれない「買い手」だからだ。

何故お前らは私達が素晴らしく描かせた漫画を買わないのだ?
何故作家に血を吐くような思いをさせて描かせた漫画よりもビッグネームがゴーストライターに描かせただけの大味且つ薄味の本の方が売れるのだ?
どれだけ試しても確実に売れるロジックを構築できないのは何故だ?

それは結局、運だからだ!

と言い切ってしまったら身も蓋もない。

なぜなら主人公は、売れる漫画を世に送り出すのが仕事である編集部だからであり、
「なんでこの漫画が売れるかって? そんなのわかりませんよ」
なんて口が裂けても描けない、そのようなタイトルを、彼ら自身が選んでしまったからだ。

そもそも最初の「重版出来」の題材として描かれている作中漫画がいまひとつおもしろくなさそうなところがそのような編集部の
「結局漫画なんて俺らがどう頑張ったって最終的には運ですよハハハ」
というやけっぱちを思わせて痛快である。

作中漫画はサラリーマンが通勤中に人身事故による停車に出くわした際に舌打ちしてしまったというあらすじから始まる。
自身の舌打ちによって、逆に自分がものとして運ばれていることに気づいてしまった主人公は、そのまま旅に出てその旅先で人々と触れ合うという要はローカル線の旅なのだが、これがまぁびっくりするくらい面白くなさそう。
そもそも作中漫画が2ちゃんの有名コピペの劣化コピーに見えるというのがなんともはやである。

以下有名コピペ。

「もし仕事に行きたくなくなったら、そのまま反対の電車に乗って、
海を見に行くといいよ。

海辺の酒屋でビールとピーナツ買って、海岸に座って
陽に当たりながら飲むといいよ。

ビールが無くなったら、そのまま仰向けに寝ころんで、
流れる雲をずっと眺めるといいよ。

そんな穏やかな時間がキミを待ってるのに、何も無理して
仕事になんか行く必要ないよ。 」

大体そのまま旅に出てというのはなんだ。引き継ぎしろ。美談にしてんじゃねぇよ。責任感ゼロかコノヤロー。たーとーえーばー、お前らの編集部の一人が作中漫画の主人公とおんなじことやった挙句そのネタ漫画にしてそれがすげー面白かったとしてお前らどうする? 切れるだろ? それをお前らは買い手に届けようと思うか? むしろ全力出して潰そうとすんじゃねぇのか? そもそも作中主人公膨大な旅費はどこから来た? 色々非現実的すぎて足元がふわふわしとるわ。あっそれがタンポポかぁ!

閑話休題。

つまるところこの「重版出来! 」とは、「売れる漫画」に対し編集部が覚えている茫漠さを「善行による運」という超陽の力技で無理矢理ロジックに昇華させた漫画である。

おそらく、松田奈緒子さんは、あまり社会経験を積まないうちに漫画家になり、素直に編集部の意向に沿う漫画を描いてくれる人なのだろう。
そして、小学館の漫画編集部さんは、茫漠たる買い手に常に酷い焦慮を覚えているのだろう。

そうでなくては、こんなに緻密なりあるに満ちた「14歳のハローワーク 漫画版」中のキャラクターが生きる世界を、「最終的には善行で運! 」的ユートピアに変換するわけがないからだ。

というわけで、小学館漫画編集部におかれましては、週刊少年サンデーの部数回復に期待したいものである。

あー、あと、「決してマネしないでください」早く重版かけてくださいモーニング編集さん。あんな面白い科学漫画、ほっとけるわけないじゃないですか。レビュー書きたくてうずうずしてるのにアマゾンでも楽天でも品切れなんですよ、マジで勘弁して!

というわけで、この記事読んだ皆さん、下のぽちぽち押して「決してマネしないでください」1巻重版運動に参加してください。
けして損はさせませんぜ!

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ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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