バレンタインの歩き方

バレンタインは国を上げてのチョコ博である。
老いも若きも、和菓子屋も洋菓子屋も、百貨店もコンビニも、皆こぞってハート型或いはカカオ豆由来の原料を使った菓子を遠慮会釈なく突きつけて来るのがバレンタインである。
さればこのチョコ博を如何に訪ね味わいつくすかの段取りがチョコレートラバーには最重要課題となる。
此度私ことネコタ斑猫は赤坂なる伝統と新進の入り交じる地にて菓子屋を訪ね歩く機会を得、それによりバレンタインデーの効率的なる愉しみ方を会得した。
かくなる上は此の愉しみ方を世間に謹んで頒布し、読者の皆様の来年の糧となることを望む次第である。

まずはバレンタインに参加する菓子屋の意欲を三つに分類したい。

壱番 普段チョコレートなんて扱ってないしこの時期は材料費が高くなるし正直バレンタインなんてスルーして通常営業してたいけど常連さんの静かな期待圧に負けてそれなりのウチらしさを模索したチョコレートをとりあえず企画製造する隣組タイプ

弐番 平素からチョコレート扱ってて自信満々っていうかなんでバレンタインなのにあたしのこと無視してんの? 馬鹿なの? 死ぬの? という女王様稼ぎどきタイプ

参番 普段はチョコレートは扱っていないけれどもイベントを腕試しの好機と覚え全力で挑む新進気鋭若武者タイプ

結論から申し上げると一番面白いのは参番である。

そして赤坂においてそれに相当したのはリベルターブルである。

リベルターブルは常にして凄まじい洋菓子屋である。素材の選び様が自在に過ぎる。一種異様に覚えるほどの組み合わせを何なく手懐け止揚し未だ誰も味わったことのない最果てに連れて行ってくれる。
さてその店はバレンタインに何を陳列したか。

私が頂いたのは
ギモーヴ ショコラ フォンダン
ロイヤルティーヌ
ブロック

であった。

ギモーヴ ショコラ フォンダン。
素晴らしい。
ギモーヴとは何であるか。店で問うたところ、マシュマロであるとの由。
こちら、チョコレートをねりこんだマシュマロをごく薄いチョコレートで包みココアをかけた実に繊細な品。
店でひとかけらを試食させていただき、衝撃を受けた。
その口どけは余りにも嫋やかである。
含んだ途端反魂香で呼び返したばかりの美女のように解けてゆく。
そしてその後に残るは馥郁たるチョコレートの香と、饒舌且つ極上の甘さ。
李帝ならずとも、いまひとたびと頼まざるを得ないような美しい味である。

ロイヤルティーヌ。
簡潔に言おう。
これはものすごく高級なチョコフレークである。
焼いた薄い生地に紛れ込ませたアーモンドの歯当たりの柔らかい滋味が愉悦を覚えさせ、上掛けしたチョコレートが上質を改めて感得させる、そんな逸品。

ブロック。
こんなにも「カカオ」を知らせてくれる品が他にあろうかよ。
板チョコをベースにしたこの品は、その馴染み深い形状ゆえ、作り手の卓越を突きつけてくる。
なんとまぁ板チョコの美味いことよ。
口に含み、咀嚼する。
体温で融解したものがいちはやく味蕾に届く。
時間的には瞬きにも足らないかもしれない、そんな化学的な行程経ただけで

瞬時に全身の細胞が励起される。

チョコレートであるからには、少なくとも、苦味、甘味、甘みを備えているのであろうが、どれひとつとして突出することなく和合しているため、受容体が化学的に識別しきる前に脳髄が激烈に感応する。
してそこに入れ込んであるは、能書きによると、アーモンド、ヘーゼルナッツ、洋なし、杏、レーズン、オレンジコンフィ、ショウガコンフィ、ピスタチオ、プルーンである。

殺す気か。

真剣にそう思った。

殺す気か。

こんなにも艶やかにして鮮やかなる組み合わせ以って、こんなにも上質なカカオ原料を用立てて、ままで端正に出せばいいものを、あえて割って荒々しく供して。
まるで裏方のような顔をしたチョコレートというものが、これほど多様な個性派の首根っこを見事に押さえつけて、揃って脇役に落としこんで自分は静かに嗤っているような、そんな冒涜的な、悦楽的な、嘲笑的な美味を、自分はついぞ知らないままだった。

自分は長くチョコレートを好んでいたが、混ぜ物は好まなかった。なぜならそれらはチョコレートに馴染み切っていなかったからだ。調和には遠く思われたからだ。それゆえ、チョコレートは「それ」だけで味わいたいと長く思っていた。だが、このような図抜けた暴虐を知れば、ただ認識せねばなるまい。

チョコレートとはあらゆる共演者をたやすく用立てながら鑑賞者である私達を「その先」に連れて行ってくれる稀有なる食材だということを。

私が頂いたことのあるチョコレートのなかで、それは紛れも無く一等であった。

そしてこれこそが、このような邂逅こそがチョコ博の醍醐味である。
作り手の日頃の貪欲がチョコレートという主題に昇華したものを押しいただくことこそがチョコレートラバーの仕事である。
しかして斯ういう驚愕に百貨店の催事場で出会うは難しい。
なぜならあすこはあらゆる店舗のあらゆる商品を平坦に平等に均質に陳列する場だからだ。
もしもあなたがほんとうにチョコレートを愛しており、チョコ博開催期間ならではの極上に出会いたいならば、老舗から新進気鋭まで、時間の許す限り個別に菓子屋を訪ねるといい。
そこで初めてあなたは、作り手が、限られた時間、材料のどれだけをバレンタインにつぎ込んだか、その思い入れを体感することができるのだ。




さてもさても興奮しすぎた。
そろそろ参番以外についても説明せねばなるまい。

壱番。
これは中堅以上の菓子屋が陥りがちな罠である。
一定の需要があるための供給だということはいわずもがな。
ただ、このような洋菓子店は、普段チョコレートを扱い慣れていないため、却って負担になっていることが多いと見込まれる。
常連さんの期待にこたえるためだけであれば、予約限定などにして一週間前くらいに早々に締め切り、仕入れ過剰、売れ残りなどの財政上の負担、慣れぬチョコレートづくりによる精神的神経的負担をできるだけ軽減しつつ、レア感を醸しだして次年度以降の売上向上を画策することを提案したい。
そして読者の皆様におかれましては、小さな洋菓子店については、無理して作ってる感のあるチョコレートではなく、いつもの商品の購入をおすすめする次第である。
その方が安定して美味いから。

弐番。
はっきり言おう。バレンタインにおいてはこちらが一番たちが悪い。
何故こんなことを言うか。
自明である。
昨今品薄によるカカオ豆の高騰が叫ばれておる。ついこの間も聞いたような気がした。
にも関わらず、その品薄は何故バレンタインになって急になりを潜めたか。
或いは、気候変動による絶対値的な品薄時に、如何にして有名店は十分な量のカカオ原料を確保したか。

答えは簡単である。

質を落とす。

海外にコネクションを持つ、或いは海外製造を直輸入している誠実なチョコレート専門店は置いておこう。
なぜなら、極東限定のカカオ原料の高騰に付き合わなくてもよいからである。
問題は、日本に製造工場を持ち、なおかつ黙っていても飛ぶように売れる有名店である。
このような店、
「バレンタインならここのを送っとけばとりあえず間違いない」
というような、
特上の義理チョコ専門店というのは、
その盲目的なブランド力だけでバレンタインを売り抜けることができる。
特上の義理チョコ用途であれば、
「バレンタイン限定商品」を普段チョコレートを食べつけていない舌に合わせればいいのだから
女性たちの「自分チョコ」「友チョコ」ほどクオリティに気を使わなくてもよくなる。

結果、
「値段に見合わない味」の麗々しいチョコレートが何食わぬ顔して店頭に居並ぶ顛末となる次第。

悪いことはいわない。
その有名店では、綺羅綺羅しい見かけに惑わされず、バレンタイン限定商品以外を買いなさい。
それは、チョコレート好きに常に監査されている、至高のチョコレートであるから。

では、
ハッピーバレンタインデー!
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ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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