酒をやめたらムラムラと良い珈琲が飲みたくなりまして。

どうも自分には
「飲み物に拘りたい」
という特性があるらしい。

少し前までは
自分を試すためとて新橋の焼きとんやに一人で言ってマニアックな部位を頼みまくったわりにジャスミンティー一杯でやり過ごしたり(特に呑みたくはならなかったので大成功である)
わざとお酒売り場を通ってみたり、
別段それで呑みたいという衝動は起こらないことを確認してみたりして。

しかし一番名残惜しいのがやはり高崎屋さんの日本酒。
さてしかし自分はあれの味がほんとうの意味でわかっていたのか、
美味しいと思ってはいたんだろうが実のところ酩酊感を恋しがっているのか、
酔いつぶれるのを恋しがっているのか、
判断しかねるところではあるのだが。

ただ、盃を口に運ぶときに覚える
複雑な香味、そして何より「特別なものを呑んでいる気分」は何にも替え難かったわけで。

一方で、
ふいに呑みたくなるのが、
息子とのかかわり合いの中でどうにも塞がれて
それを繰り言のように歩きながら考えている時であるからには
やはり酩酊による高揚そしてそれによる一時の忘却を求めているのだろうと推察される。

このせんかたない衝動を如何にせんとつらつら持て余しておったところ
ふと大学来全くやめていた珈琲に気が向いた。

さらば酒代の浮いた分とて
ネットで
ハリオのカフェオールドリッパーと

フィーノのコーヒードリップポット1.2Lと

Kalita メタルメジャーカップ

を購入、更に近所のスーパーで小川珈琲の小川プレミアムブレンドを購入し

昔習い覚えた通りの流儀で今朝方久しぶりに煎れてみた。

なんだ、美味いじゃないか。

少し酸味のあるところがいい。

それに、粉の珈琲、たとい少し割高に思われても、
一杯当て40円と考えれば
朝マグカップになみなみ2杯分入れたところで80円、
2日で純米吟醸だのひやおろしだの1400円はくだらない日本酒を飲み干していたことを思えば
全然安上がりではないか。

それぞれの器具についていえば、
ドリッパー、紙フィルタより取り回しがわるいなどとアマゾンには書かれていたが
シンクの内側に打ちつけてほとんどの粉を落としたところでさっと水洗いすれば綺麗になるし、
珈琲は三角錐の頂点からのみ滴り落ちるので多少経の小さいカップでも問題なく利用できる。
取り立てて問題はないどころかなるほど紙フィルタを消費する必要のない極めて有用な器具である。

細口のポットは日本製でサビが浮かないとのこと、今のところ検証不可能だが楽しみである。
もちろん姿美しく使いやすいのは写真の通りである。
細い湯をはぐれた粉を落とすためしみじみフィルタの円周にそって注いでいるとなんとなく心が落ち着く。
簡易な茶道のようだ。
なお、蓋の蒸気口を注ぎ口側に向けておかないと火傷するのでそればかり注意(←危なかった。)。

メジャーカップは粉離れがよいという評価であったが、なるほどその通りであった。

というわけでこれからは酒にかけていた情熱を珈琲につぎ込むことになりそうだ。
これはこれで、楽しい。

さて、それではもう一杯を煎れに行ってこよう。
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ネコタ斑猫

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    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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