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電子書籍がビブロフィリアにとっての真の天国を下賜する可能性について

紙の手触りを愛し、また紙の本の絶滅を憂うビブロフィリアが
それでも電子書籍を仰ぎ見ねばならぬ理由は
「検索の容易さ」
にある。

ビブロフィリアなれば
紙の本が電子書籍を凌駕しうる
最もわかりやすい至便性といえば
「めくるという動作による触感と同時に保存された視覚的な記憶」
にあることは承知であろう。
(そのほかの至便性についてはこちらご参照のこと

ただ
紙の本では
「この本のこの厚みのこのあたり開いたこのへんに該当文言があった」
と物理的に探索しようとしても
案外いきあたらず、無為に時間を浪費してしまうことがある。

そんな無駄足の突破口となりうるのが、電子書籍化なのである。

一方で、
自分のような紙の本派の人間にすれば、
電子書籍は、その軽易さゆえに、
却って暗記を困難にしている節があると感覚される。

自分のような紙の本派にとっては、
読み、理解し、記憶し、さらに、
記憶を想起し、今一度ページを繰り、たどり着く、
それこそが記憶に係る一連の過程となるため、
紙の本の持つ重さ、嵩、見開いた際にどの位置にあったか等の三次元的な位置感覚が
非常に重要にな因子となっている。

情動が記憶を強化するという説を思えば、自分の感覚も的はずれではないだろう。

(実際、つるぺたのipodで青空文庫の少し嵩高を読んだりすると
内容そのものについては脳に順次格納は可能ながら
物理的なる「厚さ」、いかほどめくったあたりかとの「手触り」情報が欠落していることを自身の習慣が不安がって
記憶を空間的に配置し構築することにひどく下手くそになってしまっているような気持ちになる。
なんというか、操作的にはしおり機能含め「戻って文言を確かめる」ことが可能なのは承知しているが
どうしても電子書籍はひどく一通であるようにしか思われない。
ただの習慣の問題であろうとは思うし、
たとえば小説なぞであればそんなことは問題にならないだろう。
しかし私が読み始めたのはおそらく「宇宙のはじまり」という
どちらかといえば講談社学術文庫に入っておりそうなそこそこの嵩高であるから
いよいよ理解には行きつ戻りつしながらの有機的なる構築が必要になってくるのである。)

一方で。

電子書籍は、「紙の本」では容易くは得ることのできない
検索
という利便を下賜してくれる。

検索、それは数多の本読みが夢見た絶対的な優位だ。
本読みが、感覚やおぼつかない記憶にたどっていた領域を、技術ゆえのブレのない確実さで、実現してくれるのだ。

だから、ものすごくシンプルなことを出版社さんにはお願いする。

紙の本には、漏れなくその電子書籍版にアクセスする権限を永久に添付することを。
また電子書籍については、漫画ならセリフ等の活字のみならず効果音の書き文字まで検索可能たらんことを。
されば人は、紙の本の孕む物理的な感覚と、検索の至便性を、二つながら手に入れることができる。。
それこそが、多分、出版社さんとビブロフィリアとを幸福にし、また出版業界に活路をもたらす、現実唯一の方法に相違ない。

電子書籍の購入者は、電子書籍でまかなえているので、いいと思うよ!
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非公開コメント

がろえもんさま、初コメントありがとうございました!

読書に利便性を求めているというよりも、
引用する際の利便性を求めているのです。
学生の頃は論文、
今はブログの記事、
それらを書く際の参考にし、引用しようというとき
「紙の本」の内容をデジタルで検索できれば
どれだけ便利であることか!
ヘルメットで殴られたことでかたいもんを使った攻撃の有効性を学び
死地から見事に脱出した7分パンツの美しい銀髪の人なぞは
人並み外れて記憶力がいいから
古典からさくさく引用できるんであって
自分のような凡夫なれば
「使えるものはなんでも使いたい」というのが本音なのです。

また、漫画は書き文字までテキスト化して欲しいというのは
マンガのセリフ、効果音なども
できるだけ正確に引用したいというその一心からなのです。

ジョジョとかワンピとか
あの膨大から手仕事で一つのセリフをさがせっつーのは無茶ですよ。
記事書く前に心が折れますよ。
だからジョジョのセリフを引用するときは
ネットで検索して巻と頁に当たりをつけて
単行本に戻って引用するという
ある意味大学の頃に教わった「とにかく原典に当たれ」というお作法を忠実に守っているのです。
カジポンさんのサイトには本当にお世話になりましたよ…あの名台詞集はかけがえのないものです。

というわけで、この記事は、本を材として思索し、何かを製作することを好む人間にとって
もう少しでやってくるだろう黄金時代へのオマージュでもあるのです。

ちなみに私自身は活字時代の岩波文庫のかすかに打ち凹んだ頁を偏愛しています。
開けばすぐに毀れてゆきそうな大正時代の雑誌なども愛蔵しております。
岩波はともかく、この家庭雑誌なぞは永劫デジタル化されることなぞないでしょう。
さればこれをせめて美しいままで次の世代の人の手に引き渡すのが
ビブロフィリアのひとつの仕事だとも思っています。

では!
ネコタ斑猫 拝

No title

初めまして。
初めてコメントします!

電子書籍と紙の本に互換性はいらない派です^^;

無駄とブレがあるから良いのだと思います。
何より紙の香りと手触りが好きだし
読書に利便性はいらんとです

某アニメの犯罪者も仰っています「読むなら紙の本が良い。調律のようなものだ。」とwww
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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