つまるところ、親に向かって「死ね」と言える子どもたちは

親の死後の自分のありようを想像できない程度に甘やかされて育ったということだ。
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sさま、コメントありがとうございます

これは自戒を含めてなんですよスイマセン
大体親のありがたみやら親孝行やらが本能として身についておるならば儒教的にうだうだ説かなくても自ずと発するもんでしょうからね
こういうことゆえるくらい甘やかしてやれてるなら逆に親として上等なんでしょうよハハハ

でもそのスレ大好きです
こうやって回想してもらいたいもんですね

では!
ネコタ斑猫 拝


No title

まだ子供も妻もない、大人になりきれていないオッサンですが、
子供は親がいることが当たり前なのでなかなか親が死んだ時ってのは想像つかないと思います。

とは言え、今までのネコタさんの日記を見ている限りでは
子供たちはそのうち自分の母親のありがたさに気づくことと思います。

弁当のこととか、このスレみたいな気持ちになるかと。
オカンの作る弁当にありがちな事
http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/4289914.html

VIPから来ますたさま、コメントありがとうございました。

> 嫌なら産むなカス

VIPから来ますたさま、落ち着いて読んでください。
私が子どもに氏ねと言っているわけではありません。
子どもが私に氏ねと言っているのですよ。
どっちかっつーと「そんなに嫌なら出てけカス」というべきですよ。

あとアクセス解析見てもVIPにリンク貼られてる形跡ないんですが
ほんとうにVIPからいらしたのですか?
だとしたらわざわざこんな辺境のブログにお越しいただきありがとうございます。
この他にもいくつか読み物を用意してございますので、よろしければゆっくりしていらしてください。
ご満足いただける記事もあろうかと存じます。

では!
ネコタ斑猫 拝

No title

嫌なら産むなカス
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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