ムツカシキコト

扶ケナガラソノヒトノ権利ヲ侵害セヌコト

自身ヲ心配スル権利
自身ノ将来ヲ憂エル権利
一人前ニ自分デ自分ヲ養エルヤウニナルマデハ
キチント養ウバカリデナク時ニ愉シミモアタへナガラ
考ヘルタメノ材料トソノ蒐メ方ヲ示シ
カツ彼ノ自由ヲ保ツコトコソ
最モムツカシク最モ肝要ナル教育ノ理デハナイカ
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最近離脱中なので

大分楽になってきましたよっと。
相手の怒りを先取りしないのも必要だよねぇ。
他の人の感情を大切にするってことは、代理を引き受けることじゃないからねぇ。

あ、メールのお返事来たんですよ。
わーい。

ネコタ斑猫 拝

No title

そうだろうね。

悪いけど思ってる、とか、ごめん、そう思えない、とか、さらっと受け流すのが一番かもな。はじめから受け流すつもりでいれば、相手がアツくなるほどこちらは冷静になるもので。

Noといえるわたし、だあね。

そういう自分ができてるかというと、日常では結構できてるけど、会社では真っ向から切りかかることもあって、できてないことありまーす。

うちの親は支援もすれば口も出すという質でして

さらにこう、口出しで各人の持ち分たるべき領域にがりがり入り込んでくる人でして。
「あなたがそんなふうに思っているはずがない」
とか
「何何と思いなさい」
とか常用するよーな質でして。
感情を浸食されると人間は実に不安定になるものです。
自身の拠って立つべきところがなくなる。
いやだ、と思うことさえできなくなるんですな。

今必死こいて領域を作り直してるところですよ。私という領域を。'`,、('∀`) '`,、

いやなものはいやだといっていいんだと。
私は私を守っていいんだと。
誰にも私の感情を奪う権利はないのだと。

私は私が感じていることを否定せずともよいのだと。

誰もがそうであるように。

まぁそんなわけで、これは、自分の親に対するアンチテーゼであり、自身に向けてのテーゼでもあるわけです。

私は子どもの感情を奪わないぞ!
あと、うちの親ほどは至らないけど、できる限りの経済的な支えになるぞ!
そして将来を考える肥やしになるようなことをたくさん教えるぞ!

「親を大きく見たいのに見えなくなってきた頃だね。」
これは深いですね。
なんかわかる。

俺の屍を越えて行け! ですな!

では!
ネコタ斑猫 拝

No title

親をくそったれと思う時期あったなあ。親を大きく見たいのに見えなくなってきた頃だね。

親が小さく見えてきて、やがて自分と同じように悩んだり迷ったりしてきたし、しているのだ、と分かってきた頃から反発心が解けていった。

親もいっこの人間であり、いっこの人間でしかない。同じことを息子にしなくてもええのよ。

子は勝手に育つもの。そこは子供を信頼していいと思うぜ。
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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