車中化粧

 君は工場見学は好きか。様々な材料を様々な工具機械を用いて製品に加工して行く過程にときめかないか。最初は一体何であるのか見当もつかぬ素材が段々形を成しついには何処に出しても恥ずかしくない完成品に整えられてゆく過不足ない行程への工夫を好ましいと思わないか。
 車中化粧は素晴らしい。常なれば立ち入ることすら能わぬ化粧室での秘めたる作業を惜しげもなく公にしてその手練手管を衆目に明らかにして呉れるからだ。車中化粧の気配を覚えると私はわくわくする。それは職人の実演販売よりもいよいよ貴い。なぜならそれは彼女にとって一銭の実入りの余地もないからだ。
 惜しむらくは、折角のライブを思う様注視することが世間的に許されていないという点だ。
 ほんとうは私は匠の選んだ道具消耗品その全てを子細に観察したいのである。手狭い場所で限られた面積の鏡を活用して常と変わらぬ仕事をこなしきるその手技を堪能記憶したいのである。だが実に残念なことにそれはおそらく匠本人のよしとするところではない。たとえ敬意に満ちたまなざしを送ろうとも、彼女はそれを好奇或いはいっそ侮辱と受け止め憮然としことによると行程半ばで手を止めてしまうかも知れぬ。そんなことになっては不可ない。そんな中途を他ならぬ憧憬者である私が導いてはならない。されば私にできることとは、まるで昔のお弟子さんのように、匠の仕事の気配を察し、盗み見て、その様子に感嘆することのみなのである。
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ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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