スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

百物語第四夜 其の六 通夜綺譚

 仕事帰り、座席の前に二人の若者が立った。
 一人は男性、一人は女性、就職活動中の大学生か去年就職したばかりの新社会人か、どうにも初々しい感じがある。
 慣れないながらきちんと着こなしたスーツ、櫛の目も丹念にまとめたセミロングの髪、そういう「初々しさ」の記号を懐かしがりながら、自分はまたもうひとつのこの二人の「初々しさ」の秘密を解題しようとしていた。
 距離感。
 妙齢の男性と女性だ。男子学生と女子学生と言ってもいいくらいの年頃だ。そうして乗り込んできた時から親しく会話はしているがその親しさに玄妙なまでの距離がある。進展を諦めた友達同士の馴れ馴れしい親しさではなく、かといって既に男女として気心の知り合った熟れた親しさでは更にない。そんな中男性の方はこの関係の伸び代を十全に見込んでいてその上でいかに伸び代を保ったまま踏み出すか惨憺している風であった。自分は本を読む顔をしたまま彼らの言葉に耳を済ませた。彼らはこれから会う仲間について話をしている。誰彼の都合はどうだ、誰彼は遅れてくるらしい、そういう会話から、大学のサークル仲間で久しぶりの呑みでもやるのかな、と算段していた。そのうち二次会をほのめかすような話を男が振ったところ
「あたしは行かないから」
怒りすら含まぬにべもなさで女がそう返したのを他である私が冷や冷やして聞いていた。
 男性は女性にたいして始終気を使っている。こうやって二人で会うのは悪くないなぁむしろいい感じだなぁ周りには僕らどう見えてるかなぁなんてぇ期待感が見て取れる。一方の女の子はこの人悪い人じゃないんだけどネーというような、付き合うことなど考えたこともないが話をしてると結構楽しいし盛りあげようとしてくれてほんと良い人だなーくらいなまなざしである。そうは言ってもこの女性はこうして二人で電車に乗って目的地まで君と話しあうのもやぶさかじゃないと結論づけたわけだ、うまくやればもう少し距離は縮むだろうよ、ちーぢめ、ちーぢめ、などと余計なエールを内心で送っていたところ。
 「数珠持ってきた? 」
 「一応」
 
 (ああ、葬式であったか。それでは距離を縮める糧にはならんかもなぁ)

 それから二人は焼香の様式について迷い、そのうち自傷癖のあるらしい友人の話になった。弔事を前にした人間というものは、どうもそういう一種湿っぽい話題を選ばずにおれなくなるらしい。その友人がかなり病んでいることを伺わせるエピソードが、女性の口からぽつりぽつりと詳らかにされていった。こうなると彼らのこれから向かわんとしている葬式の主役は一体どんな関係あってどんな死に様迎えたのかどうにも気になってくる。それで耳を澄ませて言葉一句聞き漏らさぬよう努めておったけれども、結局その葬式は高校時分の同級生のものであることぐらいしかわからずじまいだった。
 それにしたって一体その後の自分がどうしてそんな行動をとったのか、後から考えても不思議でならない。好奇心が強いという自認はあれど、まさか自分が用もない駅で降りキヨスクで弔事用のネクタイと不祝儀袋とを買って彼らの後を追い始めるとは思っていなかった。どうしてそんなに興味を持ったのかわからないが、多分若いはずの彼らの同級が亡くなったその理由、そしてまた果たしてこの若いふたりが男性の心のままにもう少し距離を近づけることができるだろうか、そんなことが気になって見届けたくなったのだろう。大体葬式には一人や二人あまり見覚えのない人が紛れ込んでいるものだ。自分は何食わぬ顔で見知らぬ誰かの冥福を祈り少し飲み食いしながら彼らの様子を見ればいいのだ。そうしてもしできるなら二人だけ外れて二次会にゆくのを見届けてからすっきりと帰路に就きたいのだ。大概暇な話だがどうしてかそのときはそれが自分が果たすべき大切な責務とばかり思い込んでいた。そうして少しの距離を保ちながらあらかじめの参列者のような顔で彼らを追い会場あたりにたどり着いたのだが・・・・・・。
 (や、これは・・・・・・)
 ひとりごちた。都心行きの電車の駅から大して外れてもいないのに急に随分田舎である。畑があってぱらぱらと平屋がある、その平屋にの一にぐるりと鯨幕が引いてあり、受付はあるが誰も番がいない。
 人手がないにしてもおかしいだろう。私はあたりを見回した。夕暮れを過ぎているのに周りの家には灯の気配がなかった。この家にも人の気配があるようには思われなかった。これからこの二人と自分の他に人の来る様子も伺えなかった。このガランドウのような家の中に某かの死体が転がってあるのだろうか。そういうのはどうも異様に思われるが、どうなのか。
 程なくして奥から老婆が出てきた。老婆は始終俯いておりその顔がよく見えなかった。またその声もくぐもってよく聞こえなかった。老婆は記帳台の裏にまわり芳名録を男性と女性とに勧めた。そうして低いところから私に向かって訝しそうな目をやった。
 私は戸惑った。もっと、通夜といやぁもっと人が来るもんじゃあないのか。まさかこの二人ぎりしか呼ばれていないのか。はなから自分は呼ばれた客じゃない。だがそれにしたって、呼ばれていない客がすぐに見分けられるほど、この通夜は限定された通夜なのか。
 そうは言っても自分は黒のネクタイ締め手には俄の不祝儀袋を持っている。入場料という気持ちで納めようと思っていた千円札も入っている。ここで「違います」なんて帰るのもいかにも不自然だ。そう葛藤していると、ふいに声をかけられた。
 「・・・・・・あんたも××の高校のときのお友達かい」
 「あ、いえ・・・・・・」
 年頃が違いすぎるだろうといいたげあからさまな疑いのやり場に困窮した。といってどのような接点を提示すればうまく治まるのか検討もつかない。ありそうなのは大学かバイト先だが、果たして大学に行っていたのか、バイトをしていたのか、それすらもわからない始末。
 「あの、以前、お世話になりまして・・・・・・」
 仕方なく私は最も大雑把な常套句を持ち出して裁定を待った。老婆は暫く静かだった。何かを推し量っているようだった。そうして、
 「本日はわざわざおこしいただきまして云々」
 という古い佃煮のような型通りの挨拶をした。

 こちらです、と案内された先には、簡素な白木の祭壇、その周りに咲き詰められた白菊の花、そうして真ん中にぼんやりとした男性の顔写真があった。手前には棺があり、焼香用の香炉が捧げてあった。座布団はこぢんまりとした部屋一面に敷き詰められていたが、座る者がいたのは三枚だけ、まだ寒い折だというのにストーブの準備一つなく、コートを脱ぐのも躊躇われた。
 「さぁさ、どうぞどうぞ、××が寂しがりますから」
 そういって男性と女性は正面に座らされ、そうして私はそこから一つ離れたほぼ正面に座らされた。それぞれ数珠を手のひらにからめて居住まいを固めている様は、死人の冥福を祈るというより気を抜いた折の憑霊を封じるためのような、そんな用心にしか見えなかった。老婆は他のお客様のご案内があると言って出て言ってしまった。そういえば通夜とはどのような式次第でなされるものかすっかり忘れてしまっていて、やれることといったらただ二人の振る舞いと言葉とを観察することぐらいだった。
 「他にもくるんじゃなかったの? 」
 「うん、だってサトからメール回ってきたんだからね。遅くなるならそういやあいいのに」
 「メール打った? 」
 「それが圏外」
 薄紙のような不安が振る舞いごとに張り付いている。遅れている、遅れているのだな、しかしこの事態はどうしたことだろう。
 坊さんの来る気配もない。
 男性と女性とは顔を見合わせた。それに便乗して私も目をやり、いくばくかの不安を共有することに成功した。それでもまだ親しく話す程には至らなかった。
 そのうち静かな音楽が流れ始めた。優しげでなだらかで特徴のない眠たくなるような音楽だ。そうして録音されたナレーションが、××君の半生を語り始めた。
 曰く、××君はとある海沿いの街で健康に生まれすくすくと育ったが小学生の折に両親が離婚、祖母に預けられて育てられた。小学校、中学、高校と上がってゆくにつけ酷い苛めに遭い、卒業と同時にひきこもるようになってしまった。そうして先日切りすぎた足の爪から入ったバイキンが全身に回ってあっけなく死んでしまった。
 ××君は、自分のことを助けてくれた人は一人もいなかったと言っていた。××君が知り合った人は、××君を助けなかったから、みんな悪い人だ。
 卒業して四年間、他の人たちが人生をのびのびと楽しんでいる間、××君はたった一人で誰をも信じることもできぬまま、苦しんでいた。折角生まれてきたのに、何を楽しむこともできなかった。
 ここに参列した人はみんな悪い人だから、罪を償わなくてはならない。あなたたちの苦しみとあなたたちの命とあなたたちの周りの人が折られてしまったあなたたちの人生を惜しんで悲しむ様が、僕への何よりの
 「お香典だよ」
 明らかに異なる声色が、棺から聞こえたように思われた。
 
 悪意の毒が大気通じて体に回ったかのように。

 酷く頭が重い。何気のせいだと思おうとしていたが、そのうち吐き気や目眩までするようになった。手足は痺れたように冷えている。
 隣の二人を見た。女性の方は姿勢を保っておられぬ様子、男性は女性を支えてやっているが息を荒らげている。

 「ねぇ、八坂くん、樋口さん。
 もう、死んだ? 」

 もう一度、確かに棺から、声が聞こえてきた。

 わぁぁぁぁ、応えるように女性が泣き始めた。ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ、しゃくりあげるように叫んでいる。男性の方が中毒が深いのか、ただ青ざめながら女性の背中を宥めるように撫でてやっている。
 彼らはもうすっかり諦めているように見えた。

 だが私は諦めるわけにはいかなかった。なぜなら私は、無茶苦茶な話だが、彼にも彼らにも無関係だからだ。
 報いなぞ私の上に落ちてくるはずはない。
 では何か他に原因があるはずだ。
 
 ここに入ってから何かを喫食した覚えはない。そうであれば服毒のおそれはない。
 大体この身体症状は何か覚えがある。薬物とは違う何か・・・・・・。
 ふと棺が目に入った。
 そこから何か禍々しい霊気のようなものが立ち上がっているように思われて、私は重い足を奮い立たせながら棺に向かった。冒涜を承知しながら棺を開く。
 大量のドライアイスがそこにあった。
 私は色を失くした。大人一人前用の棺には確かに白い遺体があった。だがそれはようやく顔しか見えぬほどで、余った空間にはみっちりとドライアイスが詰めてあったのだ。
 棺から静かに流れ出す白い気体。
 それだけではなかった。近づいてみれば、祭壇に引き回した白い幕の後ろからも、白く細い気体が絶え間なく滴り落ちているようだった。
 (二酸化炭素中毒か! )
 どれだけ貯まってしまったのか、とにかく立ち上がって少しでも二酸化炭素の沈殿から逃れねばならない。自力ではもはや立ちづらいほどの状態ながら壁に寄ってなんとか立ち上がると、彼ら二人にも立ち上がるよう促した。
 「無理・・・・・・」
 女性が涙を流したままうつろな目で言った。
 「これは××君の呪いだから・・・・・・私たち、直接いじめには関わらなかったけど、知らないふりをずっとしてた・・・・・・その報いだから・・・・・・」
 その言葉を聞いて、理不尽なほどの怒りがこみ上げてきた。
 「お前らは馬鹿か! 呪いなんかじゃない、これは多分あの婆さんの逆恨みの復讐だ! 体が動かないのはドライアイスの二酸化炭素のせいだ! 今なら間に合うから早く外に! 」
 惑乱のため動こうとしない二人を引きずるようにして扉に向かう。部屋の扉は開いていた。
 が。
 その先にある玄関に向かう扉が、開かなくなっていた。
 何か重いもので塞がれているようで、微動だにしない。
 見回してぞっとした。
 この空間には窓がない。
 
 時間の流れが遅いように思われるのは中毒のせいか。覚束ぬ頭で抜け出す術を模索した。まず思いついたのが木造であれば燃やしてはどうか、ということ。ライターを出したが点かない。当たり前だった。だが微かに希望を託してもいた。
 持ち合わせている十徳ナイフの錐で壁に穴を開けてそこから脱出口を開いてはどうか。
 無理だ。木造とはいえ、どれほどの厚みがあるのかわからない。穴が開いたからと行って二酸化炭素が思うように排出される見込みもない。
 何かないか。
 この閉鎖空間に風穴を開けてくれるもの。

 「君たち、ペットボトル持ってないか! 」
 それは立派な思いつきだった。あのときの自分を褒めてやりたい。
 幸いなことに、女性も男性も、飲みかけのペットボトルを一本ずつ持っていた。そこに棺の中のドライアイスを詰める、詰める。一杯に詰めた後、塞がれたのとは逆の廊下の隅に一つずつ置き、蓋をきっちりと閉める。
 それから××君の遺体のある部屋の隅で、待った。
 爆発を。

 近所の住民の通報でかけつけた警官に救出され、私たちは事なきを得た。人気のない地域とはいえ爆発音は耳目を集めるに十分だったらしい。

 結局、これは××君が自分の死を餌に企んだ犯罪計画だった。

 実行犯は祖母。息子にも嫁にも裏切られ、大切な孫の生きる希望どころか命までも失われ、自分が孫のために叶えてやれる最後のこと、と思ってやったとのこと。
 そして、最も驚愕すべきは、この手口で既に死んだものがいたらしいということだった。
 あの祖母は、私たちの前にも、別口の同級生を誘引し、あの部屋で殺していたそうだ。
 その遺体は、引幕の裏に隠してあったらしい。
 詳しくは教えてもらえなかったが。

 警察に自分の立ち位置をわかってもらうには非常に苦労した。
 自分もまさかこんなところに巻き込まれるとは思わず、あんな気安い真似をしてしまったわけで。
 だが、職場の同僚が
 「彼はそういうことを悪意なくやらかしかねない、他意はないが好奇心に我慢の効かないタイプだ」
 とよくわからない擁護をしてくれたおかげでどうにか痛くもない追及から解放されることができた。
 それであの二人はどうなったのか。
 吊り橋効果で二人の仲が近づくかと密かに目論んでいたが、後味が悪すぎてダメだったようだ。
 逆にその後彼女の方から私に連絡があった。
 命の恩人にお礼をさせてください、と。
 だがこちらはどうにももっと後味が悪かった。そもそもこんな奇矯な行動を取るような男に無防備に近づこうというのはどうかという思いがある。なるほど私は彼女の命の恩人かも知れぬ。何もできなかった同級の男性より頼もしく見えたのかも知らん。だが、そうじゃない。
 
 (私は、君と、彼とが、仲良くなるところを見たかったんだよ)
 
 苛めに加担した、または改善の労を取らなかった同級生、教師、自分を餌にした殺人計画を立ててそれを祖母に実行させた××君、言われるがままに実行した祖母、何もできなかったがかばおうとした同級生の男性よりも見知らぬ行きずりの葬式に思いつきで出るような奇矯な男性を選ぼうとする女性、××君を捨てて顧みなかった両親、そして何よりも、ただ電車の中で見かけた男女の行く末と葬式の主人公を知りたくて縁もゆかりもない通夜に出て犯罪に巻き込まれるような男。
 どいつもこいつもバカでエゴイスティックだ。
 だから私もそのバカとエゴイズムのまま、彼女と連絡をとらずじまいにした。














プロフィール画像を描いてくださいました
BREAK LOOSE」はあまだん@くしかつさまから
お礼がわりと称して無理矢理もぎ取ってきたリクエストから書き起こしました久しぶりの幻想譚です。

あまだん@くしかつさま、少しでもお気に召しましたら幸いです(´・ω・`)

ネコタ斑猫 拝
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

ありがとうございます(´;ω;`)

教えて頂いたゲームをやり
ネットを渉猟し
かまいたちの夜の恐ろしさとは畢竟
自分が意図せず犯罪に巻き込まれてゆく恐怖

周りの人々が次々に死んでゆく恐怖

それを抑止せねばならぬ恐怖
そして
犯人は妖異などではない、人間
というところにあると捉え、そこから書き起こさせていただきました。
短編なので限界はありましたが
かまいたちの夜を愛好しておられるあまだん@くしかつさまに
仕上がりをご納得いただけたこと
ほんと嬉しいというか、光栄です!
あ、うちはサイト訪問者様の奇妙な体験を
短編に書き起こすってのもやってますから
よかったら素材としてお寄せいただければ
今回みたく20枚くらいにお仕立ていたしますぜ。

いやもうほんと
「完全に私の好みの話」
なんてもったいなくて涙が出ますよ。
あああああ、よかったあああああ・・・・・・。゚(゚´Д`゚)゚。

んでは
ネコタ斑猫 拝

こんにちわ

がっつり読みました。

丁度飯時だったので、飯と酒をかっくらいながら読んでましたが、面白いですなぁ!
リクエストどおり、サウンドノベル調のストーリーで面白かったです。
こういう話もっと読みたいっすw
完全に私の好みの話なので是非、機会があれば!

私も丁度夢で怖いものを見たので、それを文章に起こしてみようかなぁと、思わされました。
私のは中身すっかすかですけどもw
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
検索フォーム
最近の記事
カテゴリ
リンク
最近のコメント
月別アーカイブ
RSSリンク
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近のトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。