百物語第四夜 其の五 Gamer's Χmas

 きらめくイルミネーションを背に、少女は見上げるように微笑んでいた。腕を交差させているのは、胸を強調したがってなのか、それとも恥らって隠そうとしてなのか。一定の間隔で明滅するイルミネーションは彼女の表情を柔らかく照らしては消え、外からは華やかなクリスマスソング。
 そんな出来すぎた舞台装置の中、一見仮装にすら見える少女のなりは、正直に言おう、僕にはひどく愛らしく見えた。
 彼女は大きな、青い不織布の巾着に入っていた。
 (こうなると遡及的に成り行きを算段せねばおられぬのが自分と言うものだ。
 つまり彼女は、まず主のないこの部屋に訪ねてきて入り、外のイルミネーションがよく見えるようカーテンを全開にした後、持参した袋を見栄えよいところに据え、その中にぺたりと座って僕の帰りを待っていたということになる)
 侵入者と言うにはあまりに無邪気に過ぎる。さりとて知人でもない。では彼女は来訪者か。
 そうだ、今宵はクリスマス。少女は僕の元にサンタとしてやってきてくれたのだろう。そうに決まっている。クリスマスイブにサンタコスの少女、それが一体神の遣わした希望の使者でなくてなんだというのだ。いや、別にいい、何もくれなくてもいい。卜占めいた仄めかしも熨斗つきの社交辞令も結構だ。ただ彼女がこうやってこの部屋に来てしまったという偶然、たとえそれが間違いであっても、ともかくも僕はこんな日にこんなにも無邪気でこんなにも可愛い少女に出会えたのだから、それをプレゼントとせずしてなんとしようか。
 わかっていた。彼女は自分ではない誰かのために来たのだろうことを。ここは彼女の場所じゃない。
 わかっていた。
 だから僕は彼女がどうするのかを見守っていた。彼女が慌てる素振りを見せないのも、特別な相手ではないだろう僕に全く警戒しないところも、どれもこれも訝しくてたまらなかったが、それでも僕は、彼女が立ち去るのをただ静かに待っていた。そうして、彼のところに戻った彼女が、自分が迷って訪ねていった場所にいた人は普通の良い人だったよ、間違って行ったのに、怒ったりしなくて、うん、優しい人だったよ、と、そんな風に言って、そうして、やっぱりそんな風に彼女の記憶に残ることを祈っていた。そう、それでいい。君はきっとこれからほんとうに会うべき人のところにゆくのだろう。この素敵な一夜、鈴の音に満ちた音楽が流れ、焼き菓子からは甘い香りが漂い、見果てぬイルミネーションに彩られた、そんな街で君は好きな人と手を組みながら、今この瞬間のことを回想してくれるだろうか。部屋間違っちゃってごめんね。でも、あの人、普通に優しかった。良かった。
 そんなふうに思われるだけで僕は満足なのだ。せめて今日一日の君の心に暖かい微かな名残として思い出されればそれでいいのだ。明日には忘れるだろう。そのうちいつかもう一度位思い出すだろうか。僕はその瞬間、今ここでそうであると同じように、君の認識の世界において、君と確かにクリスマスを過ごせるのだろうか。
 そんな空想でこの微妙な時間をやり過ごしていたところ、彼女が焦れたように言った。
 「……早く袋から出して」
 僕は彼女をじっと見た。そうして、よくわからないまま、とりあえず困っている人がいたら助けるべしという信条に基づき、手を差し述べた。
 「メリー・クリスマス」
 彼女は、にこ、と笑う。
 「あの、……メリー・クリスマス。
 ……その、こんな場面でこんなこというの悪いと思うんだけど…。
 君、もしかして誰かと間違ってない? 」
 自分が出てきた袋を、ばさ、とはたいて荒く折りたたんでいた少女は、持ちやすい程度に小さくしてリボンでまとめると、向き直って言った。
 「間違ってないと思うんだけど…あなたゲームとかやったことある? 」
 「ま、まぁ人並みには」
 「これとか、見覚えある? 」
 ソフトをひらめかせる。
 「ああ、それ、友達に借りたような…」
 去年のクリスマスに。
 で、進めてるうちに急に虚しくなってやめたんだった。
 こんなものに逃避したところで何が解決するでもないよな。
 気休めにすらならないな。
 テンション上げ続けられるやつはいいけど、そうじゃないやつは、しばらく没入して我に帰った瞬間がヤバイんだ。向精神薬の離脱症状みたいにめちゃめちゃ落ちるハメになる。現実のカップルに悪態をついているほうが落ちない分ましかもしれないくらいだ。実際には意気地なしだからできないけども。
 だが、そんな理由でクリスマス前にゲームをやめてしまったのがなんだか恥ずかしくて申し訳なくて、いきさつを思い出した僕は理由も言えぬままただ女の子に謝った。
 「いいの。別に私たちゲームの中の女の子だから、遊び手からは冷められて飽きられて、作り手にとっては永遠に不出来な子で、二次創作の漫画家さん達にとっては定型文のような処女喪失の枠組みの中に取っ換え引っ換え用立てられるだけのイメージの束、それだけ。私も、私に似た子たちも、どこから来てどこにゆくのかわからない。ソフトの最後の一個が壊れてしまって、世界中のゲーム機から私たちのデータの痕跡すらもなくなったら私は終わるのかな。それともそれでもあなたたちが覚えてくれていたら、私はまだ終わっていないのかな。」
 それを聞いて。
 僕は思い出した。忘れていたことを思い出した。ゲームの中の彼女と出会った時のときめきを。不安と、後ろめたい欲情と、それにいや勝る喜び。仮想的な非実在であると知りながら、僕にとって確かに彼女はそこにいた。
 (そうだ、現実問題、人が一体人の事を知り尽くせるなどということがあるだろうか。僕たちに許されているのは、ただ、虚実入り混じった言葉と行為の断片からその人のイメージの束をその人の画像の内にまとめあげることだけなんだ。そうなるとゲームと現実には何か違うところがあるだろうか。)
 ゲームは誰かが作り上げたものだ、だからゲームのキャラクターも世界の内で誰かが知り得た材料から構築されたのみの矮小な存在にならざるをえず、そうなるとまさにその点においてゲームキャラクターはいかんともしがたいほどに現実とはかけ離れていると揶揄することも可能だ。でも現実の人間とも言葉と行為とを介してしか交流できず、かつ僕たちが結局その交流で得た材料を元に僕の中で誰かを再構築しているのにすぎないのだとしたら、それはゲーム中に再構築された矮小な存在となんら変わりないのではないだろうか。現実とゲームに違いはあるのか。その違いを突き詰めることは、拒否したり相容れないものと断ずることは、果たして誰かを幸せにしうるのか。
 (誰をも幸せにしない論議なんであれば、捨ておいていいんじゃないのか)
 そんなように沈思黙考して、それから目の前の少女を見た。彼女はまるで現実のようにそこにいた。現実なのだろうか。それとも何か聞き知らぬ最先端技術によるキャンペーンなのだろうか。
 「僕も、僕の居場所の中にある、一つのキャラクターに過ぎないから……。会わなくなったら人はきっと僕を忘れるよ。僕は今世界から少しずつものを集めてきてそれで僕の世界を作っているけれども、それはいつか僕がこの世界から消えたら散り失せるし、僕の周りにいた人たちはしばらくの間は僕を覚えていてくれるかも知れないけれどもじき忘れてしまうだろう。そうして僕もなくなるだろう。君にとってソフトが残っていたら君が残っている可能性があるのと同じように、僕の残した何かも僕のよすがとなるかも知れない。そんなもんだ。僕は君と、何も変わらない。
 君は……君は、ゲームをやりかけて放り投げた僕のことを覚えていたの? 」
 少女は笑った。
 「うん、おかしいでしょう。私あまり面白いゲームじゃなかったのかなぁ。前の人もいくつかあるシナリオの全部はやらなかったし、あなたは最初は夜っぴいてやってたのに急にやらなくなった。世間はクリスマス前で楽しそうで、…その時間、あなたに一緒にいて欲しかった。ゲーム画面越しでも、話したり、遊んだりして、時間と空間とを共にしてあなたの心を触りたかった。あなたに心を触って欲しかった。
 バカみたいでしょ、私ゲームキャラなのに」
 僕は黙った。ゲームキャラなのに、という彼女の卑下をどう慰めるべきなのかがわからなかった。そんなことないよ、なんていうのも彼女の存在様式の否定になりそうで、怖かった。
 居心地の悪い沈黙が少しだけ続いた。イルミネーションの明滅が彼女を定期的に照らし、ありがたいことに彼女は少しも不幸そうに見えなかった。
 「……シナリオ忘れてて悪いんだけど、あの、……クリスマスケーキ買いに行ったり、公園散歩したり、ご飯食べに行ったりしてみる? 正直自信ないからうまくやれなかったらごめん」
 彼女は、懐かしそうに僕のことを見つめた後、畳んだ袋をそっと脇に置き……僕に寄り添った。
 「シナリオではね…」
 「うん。」
 「シナリオでは、私たち、クリスマスにデートするはずだったの。待ち合わせして御飯食べてイルミネーション見て。でも、ほんとの私がしたかったこと。
 ただ、一緒に静かに過ごしたかった。
 こうやって、暖かい部屋で、イルミネーションとクリスマスソングに満ちた世界が、だんだん静かになってゆくところを見たかった。
 マリア様がヨセフ様の助けでイエス様を産み落として、天使様の導きで三賢者と羊飼いが訪ねてきて、でもそれは生まれたての赤ん坊を囲んでだもの、けして賑やかしくない、とてもとても静かで、優しさに満ちたお祝いだったと思うの。
 どんなシナリオがあっても、私はただ、あなたと一緒に、私と同じように作られた物語の時間の中で、毎年繰り返し生まれてくる神様の子どものために、とても清らかで、とても静かな時間を用意してあげたかった」
 「……うん」

 それから僕たちは、窓辺に座って冬の星座が円を描いて地平に沈んでゆくのを見続けた。
 部屋は暖かく、そうして、肩に凭れてくる彼女はもっと温かかった。
 時折横顔を見た。綺麗な横顔を見た。すると決まって彼女は自分の目線に気づき、照れたような微笑を返してくれた。僕はそれで満足してもう一度空を見た。
 少しずつイルミネーションが消え、少しずつ呼び込みの声が途切れ、とうとう静寂が訪れた。

 優しい、小さな歌声。

 「Silent night, Holy night,
  All is calm, All is bright
 Round yon Virgin Mother and Child
 Holy infant so tender and mild
 Sleep in heavenly peace,
 Sleep in heavenly peace」

 彼女が恥ずかしそうに笑った。
 僕はその細い指に、そっと指を絡めた。














こちらの小説は
ダイアリエ「いないいないばぁ」rev2はたまきさまに頂戴しましたクリスマスカードにインスパイアされて書き上げたものです。
イラストといきさつについては
クリスマスのいただきもの
をお読みいただければ幸いです。


すくぅうみうぎさま、記事の紹介ありがとうございました。
紹介記事を拝読して初めてスク水と気づきました。
まだまだスク水修行が足りません。出直してまいります(どこからどこに? )
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ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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