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神奈川県立近代美術館の「Museum Box」の助けを借りてアートのオリジナルを見る価値を小学四年生に伝えてみたよ

Museum Box 宝箱
とは
神奈川県立近代美術館による
子ども向けの美術館体験キットである。
収蔵品カードとすごろく美術館がセットになっており
様々なゲームをしながら
「美術館とはどんなところか」
「美術館に展示されている芸術とはどんなものか」
について考えることができるようになっている。
更に今年の夏
この美術館体験キットと連動した特別展
「美術館はぼくらの宝箱」
が開催されることになった。

この特別展に
キットを用いた授業を受けた第二子が行ってみたいと言い出した。
なんでも
収蔵品カードに掲載されている絵の実物を見てみたい
んだとか。

チャーンス!!!
chance.jpg

昨今は撮影・印刷技術とも大変高度化しており、美術品の再現度は非常に高くなっている。
またいかなアクセスしづらい美術品であってもインターネットや画集を通じてかなり気軽に鑑賞することが可能になっている。
そんな中で、
足を運んで美術品のオリジナルを見るという感慨、面白さをどのように伝えるか、
というのは、実のところ私がずっと温めていたテーマだったのである。

さりながら、今まで美術館に子どもを連れて行ったことはなかった。

何故なら
本人に関心が芽生えていない状態で美術展なんざに連れて行ったところで目ん玉で表面を撫でてしまい、どころか周りの鑑賞者の方々に心労をかけるばかり
と認識していたためである。

だがその呪縛は既に解けた!

センキューガッコの先生と学芸員の方々!
お前らもよりによってお母さんにアート見たいと振るとはな!
飛んで火に入る夏の虫とはテメーらのことだぜ! ヒャッハァー!
などと思ったことはおくびにも出さず、
大変よいことを思いついた喃
と誉めてやり
一緒に本物を見にゆく
ことを約束した。

kinbi.jpg

先ずは子ども向けに振り仮名まで振ってあるわかりやすい解説を読みながオリジナルを鑑賞。
その後キットを購入、収蔵品カードを持たせ、
カードと実物、どう違うか
を一緒に考えた。

わりとすぐわかるのは
色合いの微妙な、だが厳然たる違い
である。
カードは
実物に比べ非常に赤みが強く明るかったり(麻生三郎「人のいる風景」)
変に橙がかっていたり(藤田嗣治「二人裸婦」)
圧迫感すら覚えられる非常な昏さが綺麗に抜けて温かい木版画のような印象になっていたり(小野忠重「街角」)
というのはすぐに気付いたようだった。
また、実物にはあったひっかき傷のような(だが確かに画家が描いたと思われる)白い線がカードでは認められなかったり(吉原治良「作品」)
背景一面に貼られた銀箔のきらびやかさが失われていたり(片岡球子「面構え」)
今描いたばかりのような、ひねり出しただけをキャンバスに載せたような、なんともいえない絵の具の艶感が抜けてのっぺりとした印象になっていたり(田淵安一「インディアン・サマー」)
またごつごつと盛りたてた絵の具の威勢の良さが綺麗に二次元に還元されてしまっていたり(朝井閑右衛門「祭(Ⅰ)」)
そういうことにも気付いたようだった。

また、カードでは作品が五つ
サイコロの五の目のように並べられていた作品のオリジナルが
誂えた額に横一列に納まっているものだったということにも
驚いたようだった(黒田清輝「逗子五景」)。

だが何よりも子どもが驚いたのは
カードでは均一化されている作品群の
オリジナルのサイズの多様さ
であった。
ごく小さい版画があり(浜田知明「ボタンB」)
また見上げるほど大きい油絵がある(松本竣介「立てる像」)。
小さいものはカードサイズからそれほど離れていないが
大きいものについては
「こんなに大きい絵だったんだね」と
感銘を受けていた。

そう、
いかに複製が巧みになろうとも
どうしたってそれは
オリジナルから一定量の情報を一定のルールに従って取りだし、
再構成したものに過ぎない。
複製にした段階で、
いくばくかの情報は抜け落ちてしまう。
そうであれば
能う限りの範囲で
オリジナルを見にゆく機会を作ることは
やはり意味のあることなのではないか。

というわけで取りあえず第二子に
カードはとてもよくできているけれどもオリジナルとは異なっている
総論として、オリジナルの方が情報が多い
ということを実感してもらえたようで、
安心して帰路についたのである。

絵葉書や作品カードなどの複製は
過去の記憶をたどるため、また未来の関心を探るための
素晴らしいよすがである。
だが、気に入った絵の複製について
もしこういう比較の機会を得たならば、
複製を見るたび、愈々オリジナルに会いたくなるだろう。
料理写真で言うところの
シズル感
のようなものは、当たり前だがオリジナルが最も多く孕んでいるからだ。

というわけで、子どもと一緒の初美術館、先ずは成功裡に終わった。
美術館にゆくとはどういうことか
オリジナルとはなんであるか
について、必要十分な程度伝えることが出来たので、至極満足であった。

末筆となりましたが
キットを製作し、今回の特別展を企画してくださった学芸員の方々
精緻な複製を作成し、子どもの関心を開いてくださった印刷所関連の方々、
そしてキットで遊ぶ時間を設けてくださったガッコの先生方に
心より御礼を申し上げます。
大いに楽しませていただきました。
ありがとうございました。
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じゃでさま、こめんとありがとうございました。

> 先日の朝、リアル「初めてのおつかい」をしている感じの親らしい人をみました。
> 就学前の子供が袋を持って歩いて行くのを、車や電柱の陰から見ながら、見つからないように追っていました。
就学前! あいつら可愛いですよねー。
自分も昨日一歳九カ月の甥っ子の餅肌を触らせてもらいました。
もう一人来た父の知り合いのお子さんは四歳! まめだー!
そして火垂るの墓のせっちゃんも四歳('A`)

> ふとこの記事を思い出したので。
ありがとございます。
初めてのことなんて子どもは多分覚えてないもんなんでしょーけど
演出する親は楽しかったりするんですよねー。

では
ネコタ斑猫 拝

先日の朝、リアル「初めてのおつかい」をしている感じの親らしい人をみました。
就学前の子供が袋を持って歩いて行くのを、車や電柱の陰から見ながら、見つからないように追っていました。

ふとこの記事を思い出したので。
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ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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