せっっっ…精液はそんなにきたなくなんかないもんっっっ!

えー、というわけでですね、クリスマスだというのにトチ狂ったタイトルの記事を上げようとしているわけですけれども、まぁそういう芸風のブログだということでお許しいただきたいわけで。

最近
かんなぎの
ナギ様中古問題(ご指摘を頂き「ナギ様中古疑惑事件から訂正させていただきました)なんてのが勃発しまして。

いや自分はかんなぎ拝読しておらんのでアレなんですけども、
たとえイメージ画像的なポジショニングにしても、
ナギ様臨月姿
なんてのを見たら、ショックなのはわりとわかるなぁ、と。
それが正直な感想なんですけれども。

それよりも気になったのがその論調でありまして。

中古だ! というのはまぁわかります。
でもね、それを拗らせて
非処女は穢れてる!
っちゅーのはどうなのかと思うんですよ。

そういうのが極まったのが
2チャンネルスレまとめサイトである越えられない壁さんで紹介されていた
中古の非処女と結婚する男って頭おかしいんじゃないの?
に見られる意見だと思うんですけども。

だってね。
処女が非処女に至る過程には当然
破瓜
というのがあるわけでして
その
破瓜
というのはまぁ一般的には男根によってなされるわけです。
で、コンドームつけてなきゃ精を受けるわけで、
というより
ヒト以外の生き物ってのは基本的にコンドームなぞ使わんわけですから
セックスすりゃあ受精して相性が悪くなきゃ新しい命を授かる
というのが天然のことわりなわけですね。

ところが非処女が穢れている論をお持ちの方はそういうのを全否定してるわけです。
どころか
ご自身お持ちのはずの男根やら精液やらまでを穢れの源だとみなして全否定しているわけです。

これはとても不幸な考え方じゃあありませんかね。

だって
処女

清らか
であり
男性の男根を受け入れ精を受けたら
サドンデス状態で穢れるのであれば
女性は本来的に清らかな存在であるけれども
男性に蹂躙されることによって
ものすごく穢れてしまう
畢竟
男根と精液とは
穢れの精髄のようなものである
と告白しちゃってるのと同じですからね。

そんなこたあないわけです。

そもそも自分が調べたところでは
セックス、すなわち予備の遺伝子を別の個体と交換しあうというのは
紫外線による遺伝子の破壊に備えて
はるか太古にまだ単細胞生物だった頃のご先祖様がうみだした
ありがたくも素晴らしすぎるバックアップシステムなわけです。
自分の遺伝子にバグが発生しても
他の個体と遺伝子を交換すれば
生き延びることができるわけですからね。
で、単細胞な頃はくっついて交換すりゃよかったけれども
多細胞生物になると細胞全部の予備遺伝子を全とっかえし合うのは簡単じゃなくなっちゃった。
んじゃしょーがんないから次の世代のために細胞とっといて、その細胞の分だけ他の個体と遺伝子とっかえっこすりゃいいんじゃね?
というのが今の配偶子を使った生殖システムなわけです。
そうやってご先祖様が延々試行錯誤して編み出した大切なバックアップシステムをだなぁ!
貴様らは汚いだのなんだのとなぁ!

というような気持ちになるわけですよ、ええ。

いや、ちょっと話がずれてしもたんですけども。

処女厨、というのは正直よくわからない。
というのは、レベルが色々あるからでして。
自分のパートナーは処女じゃなきゃいやなのか
全ての非処女は穢れているから嫌だし、自分も生殖行為には断じて加担したくないのか
他の男の精液が皮膚に触れていなきゃいいのか
そのあたり融通無碍に一括りにされているようで、非常に語りづらいところがある。
で、二番目の孤高の処女厨については
遺伝子を残せる可能性が皆無と言わざるをえず
次世代の性行動に影響を与える可能性が極めて低いので
ここでは論じる必要性がないと判断します。
で、残り二つを鑑みるに、
オスというのはメスと違って常に
それが自分の子であるか
自分の配偶子がきちんと受け継がれたか
という不安に悩まされざるをえないわけで。
そういう面からするとですね、
僕しか触ってないおにゃのこじゃなきゃいやなんだ!
というのもわかる、よくわかる。

で、そういうのを究極に推し進めた種がね、あるんですよ。

ギフチョウ、ご存じですか。

あれね。

凄いシステム開発したんですよ。

受胎嚢っての。

どういうもんかっていうとですね。

ギフチョウのオスはね、メスとやるとね。
なんか質の悪いもん分泌してですね。
生殖器封印しちゃってですね。
もう二度と交尾できないようにしちゃうんですよ。

言ってみりゃナチュラルボーン貞操帯システムですよ。

もう全てのレベルの処女厨はギフチョウに生まれ変わればいいと思うんだ、っていう。
そのくらいのもう遠慮会釈ないシステムですよね。

sibireru.jpg
ギフチョウ参照)

ついでにご紹介したいのがイトトンボ。

奴らもかなりいい線いってる処女厨。他の個体の精子が自分の交尾相手に入ってるなんて許せないぃぃぃ! っていう連中。
何するかっていうとですね。
ぐだぐだ交尾しながらですね。
さきっちょの突起でですね。
自分の前にやった雄の精子を掻きだしちゃうんですよ。
つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006)参照)

まぁ、これは種レベルで見えない敵と戦いすぎちゃった例ではありますけども、雄と言うのはそのくらいの心労を背負ってるんだ、と、そういう話です。

で、そういう危機感と言うのは、
栄養を一手に担う配偶子側がメス
栄養を捨て運動性能をとことん研ぎ澄ませた配偶子側がオス
という役割分担が出来た瞬間から宿命的に課されてしまったものなわけで
覚えるなと言っても無茶だと思うんですけども
それが拗れて
他の男の男根や精を受けた女は穢れてる
とみなすのは
自分がいまそこにある成り立ち
やら
いっそ自分自身の生殖器や配偶子そのもの

全否定する結果になってしまうから
やっぱりとても不幸な形に捻れたものの見方だと言わざるを得ない。

同じ理屈で
不幸にして回されてしまった女性や
いろいろお盛んな女性について
肉便器
などという蔑称を与えるのは
ご自分もお持ちのはずの配偶子が糞尿と同一である
という見解を暴露しているに他ならないわけですし
そもそも
精を受けただけで女性が穢れるとして
そんなバイオハザードな物質をいつも股間にぶる下げてる連中を野放しにするなんざ
危なくてしょうがないわけですよ。

先のスレにもあった
残存遺伝ことテレゴニーなんてのも
何か? 精を受けた相手の卵子に恒久的に遺伝子改変を引き起こすなんざ
男の精ってのぁ放射性物質かなんかなのか? それとも配偶子の中に異常に活発なプラスミドでも持ち合わせていらっしゃるのか?
するってぇとやっぱそんなバイオハザードな輩を野放しになんかできねぇから隔離だ隔離!
という次第になっても不思議はない話じゃあござんせんか。

で、結局何が申し上げたいかというとですね。

ギフチョウぐらいでもない限り、生物が相手の処女性を保証されうることはないわけで、
もちろんカカ夫妻のように素晴らしい事例もあるわけですけれども、
それを求めるのは生物界全体を踏まえても困難であると言わざるを得ないわけで。

そうであれば
自分のパートナーに求められるのは
自分と同程度の誠実さが限度であろうし
また
自分の中のオスの本能に無意識下に支配されすぎて
「ぼくだけの君でいて
君の子どもはぼくの子どもだと信じさせて」
を拗らせた結果
「他の男の精を受けた女なんて穢れてる」
とか
「他の男の精はきちゃないけどぼくの精だけは綺麗! だからパートナーは処女しかやだ! 」
とか
「処女以外はみんなきちゃない! ぼくもしない! 処女以外はみんな死ね! 」
なんてことになると
せっかくの自分の遺伝子を残す機会をぶち壊しかねないわけなのでやめたほうがよろしいんじゃないでしょうか、と。
なんとなれば、生物と言うのは元来自分の遺伝子を残すために生まれてきたわけですし、
今これを読んでおられるあなたというのは生命誕生38億年来の個体がひたぶるに遺伝子のバトンを引きついだ素晴らしい成果であるわけですし、
また生命というもののありようを考えると多様性と言うのはかなりの正義であるわけですから、
できれば少しでも多くの個体にその遺伝子を繋ぐ機会を逃さずにいてもらいたい。

そうして、もっと卑近なレベルでは、

せっっっ…精液はそんなにきたなくなんかないもんっっっ!

と宣言したいわけです。

あんなもん性行為感染症患ってなきゃただのタンパク質じゃねぇすか。

なんでそんなに自分の性を卑下するんですか。

いや、わかってるんですよ。

今の女子がやり手に過ぎるように見えてそれが辛い、到底適わない担えないとお思いの男性がおられることぐらい。
そういう方々がそういう見識に拠って自分を守っておられるということぐらい。

でもね。

ゾウアザラシとかハーレム制度張ってる生き物考えてごらんなさい。
あんなん無茶苦茶じゃないですか。
モテオス1頭で40頭のメス妊娠させちゃうんですよ。
それに比べりゃヒトなんてかなり多くのオスに生殖の機会が与えられる方じゃないですか。
さらにオスの「このこ誰の子不安」とメスの「ちゃんと養ってくれるか不安」とをハイブリッド解決する
結婚という素晴らしいシステムまで制定済みです。
大体の生物種はワンシーズンごとに配偶者換えるのが当然ですからね。
ヒトというのは種としてやっぱかなり恵まれてると思うんですよ。

というわけで。

それでも処女厨の人はみんなギフチョウに生まれ変わるといいと思うんだ。
メリークリスマス!


えー。
で、こんなトンチキな記事を上げようと思ったにはですね。

ダイアリエ「いないいないばぁ」のたまきさまがですね。
公開は出来ないんですが、素敵なクリスマスプレゼントをくださいましてですね。
それに対して何かお礼をというか、そのネタが今をときめくナギ様だったもんで
最近の騒動に思うところあったのと合わせ
頂いた御礼がてらせっかくだから書いちゃおう、と。

というわけで、
たまきさま、可愛いナギ様を本当にありがとうございました!


@nikutyせかんどさま、記事の紹介ありがとうございました。
駄文にゅうすさま、記事の紹介ありがとうございました。
あみみさま、記事の紹介ありがとうございました。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

鍵雄さま、コメントありがとうございました。

鍵雄さま、正直申し上げます。
一番最初の書き込み拝読したとき
その余りの簡潔さにですね。
碌に読みもせんで携帯から書きこんだちびっこじゃねぇかな
なんて思っておりました。
申し訳ありません。
なんか議論がかみ合ってきて非常に楽しいです。
面白い! 実に面白いッッッ!

「動物行動学的に切るなら、男が非処女だからって繁殖の機会を忌避するわけがない!」
Exactly!!!

「…むしろ仕掛け人は妊娠→出産と繁殖に対するリスクがべらぼうに高い女性である可能性が高い、わざわざ処女膜なんか生成して男性が処女厨になるよう仕向けているわけです」
素晴らしい!
ヒトという種が他の種と違う点の一として、
発情期・排卵日が極めて不明瞭
というのがあります。
多くの生物においては発情期はわりとみんな揃ってやってきますし、
「今発情してるよー」
「今がチャンス!」
みたいなのは、明瞭に雄に向かって提示されるわけです。
んが、ヒトの雌というのは何しろのべつまくなしに交尾ウェルカムですし、そのくせ排卵日ははっきりしない。
で、その理由は鍵雄様のご指摘した
「むしろ仕掛け人は妊娠→出産と繁殖に対するリスクがべらぼうに高い女性である可能性が高い」
にある、というのが通説になっているのです。
ただ、処女膜が
「発見」
されたのがいつなのか、文化以前からヒトという種の性行動に影響していたのかは資料がなさ過ぎてここで考察できないというのが正直なところです。
処女と言うのはあくまで通過点に過ぎないわけですし
変な話をすれば今まで使っていなかった穴に棒的な何かをを出し入れしたら出血するというのは
ケツの穴だってかわんないわけですし
破瓜の際に出血があるとも限らないわけですから
処女に重きを置く風習と言うのは
やはり農業が発達し富を蓄えることが可能になり
結果支配層というものが成立した後ではないかと思うのです。
とはいえ、欧州では
魚の浮き袋に血を入れたものを仕込んで破瓜を演出
したという話を聞いたことがありますし
処女膜が発見されたのがいつであるかはともかくとして
鍵雄様のおっしゃるように
男性を翻弄する目的で
女性が処女性そのものを利用してきたと
そのようなことは言えるのではないかと激しく同意するものであります。

「膜なんてなければ男性はこんな苦悩をする必要なんか無かったのに…酷い!」
ええやないですか、処女だと色々難しいですからねぇ。痛くてかわいそうだし。
破瓜は一生に一度しかないんですから、処女性に拘るよか
お互い同程度の誠実さを求めながら繁殖活動にいそしんだほうが
効率的だし気が楽なんじゃないかと思います。

「簡単に思いつく要因としては、自分の価値を高めることによって争奪戦をさせ、よりよいDNAを獲得するため、あるいは処女を奪わせることによって心理的責任感を負わせ、よい男性個体を囲い込むため、といったとこでしょうか?」
DNAもそうだけども、やっぱり先に述べた理由で養ってくれるかどうかというのが女性側のシビアな基準のようです。
でね、あれはなんの生き物だったかなー、巣づくりしてですね、オスがいっしょけんめメスのために餌運んでやるんですけどね、
メスは年若い別のオスと浮気してるっていうwww
ひでぇ、オス浮かばれねぇwww
というわけでそういうのはヒトでも全然ありうるわけですよねwww
マジメな男と結婚しといてですね、養わせておいてですね、
子どもは浮気相手のだとかwww
カッコイイ遺伝子も安楽な暮らしもみんな私のものwww
スイーツ(笑)
みたいな。
いやほんと、そんなの自分男だったら気が狂いますよ。
ふざけんなてめぇってねwww
まぁそういうこと考えだすと
男の敵は実は男なんじゃねぇのか
そんなことも思うんですけどもねwww

とにかく、男も女も騙しあいなわけですけれども
少なくとも男性は女性と違って
自分の遺伝子を残すために命かけなくてもいいですから
全般楽だと思うんですよ。
女性は自分の子どもだということに常に絶対的な確信を持てる立場にあるわけですけれども
一方で
お産で死ぬ可能性が常にありますからね。
自分も一人目のときは
首にへその緒巻いてて
陣痛から11時間かかるわ
出血は牛乳瓶三本弱いくわ
時代が時代だったら死んでた自信ありますからね。
一方の男性は
射精で死ぬなんてのは
極めてレアケースですし
(ヒトがそんな鮭みたいに儚かったらいやですよね)
それはそれで幸せな死に方なような気もするくらいですからね。
まぁそんなわけで
遺伝子を残すための労苦ってのは
結局男女痛み分けなわけですけども
私としては少なくとも鍵雄様が
さきほど例にあげたような
貧乏くじチームにならなければよいと
そればかりを切にお祈りする次第でございます。

それでは、よいお年を!
ネコタ斑猫 拝

ハンドル入力ミスです、スイマセン

動物行動学的に切るなら、男が非処女だからって繁殖の機会を忌避するわけがない!連射可能だしマガジンはじき再装てんされるんだから…むしろ仕掛け人は妊娠→出産と繁殖に対するリスクがべらぼうに高い女性である可能性が高い、わざわざ処女膜なんか生成して男性が処女厨になるよう仕向けているわけです、膜なんてなければ男性はこんな苦悩をする必要なんか無かったのに…酷い!(笑)簡単に思いつく要因としては、自分の価値を高めることによって争奪戦をさせ、よりよいDNAを獲得するため、あるいは処女を奪わせることによって心理的責任感を負わせ、よい男性個体を囲い込むため、といったとこでしょうか?まあ鍵雄おとこだからよくわかんないなー、どうなんですか?

鍵雄改め鍵様でよろしいんでしょうか、コメントありがとうございます。

かなり言葉を補っていただけたようで、論理的かどうかはともかくとして、最前に頂戴したコメントよりは何をおっしゃっておられるかが理解できるようになりました。御礼申し上げます。

で、ですね。
処女信仰ならびに童貞信仰について文化人類学的民俗学的に語ろうとすると、それはもう東西の先人たちによる膨大な資料に当たらなくてはならないわけで。国によっても時代によっても異なりまたそれが互いに影響されているありさまなぞ描こうとするとマジで何冊もの本を上梓できそうなイキオイなわけです。
娼婦の処女性非処女性およびそれを受け入れられるかについても、もし記事を書くならそれらを踏まえなければ私としては語りたくはないし、そうでないと語れまいというのがこちらのブログのありようでもあります。
結局ヒトが漠然と
「こういうもんだよね」
と受け入れているそういう先験的に受け入れてしまっている概念というのは多くあり、その概念について検討しようとする際に、論により長短はありますがおよそ数千年にわたる人間文化というものをもとにしてアプローチするよりも、種として選択してきた性行動から解題した方が汎用性があるのではないか、そう考えて書いたのが今回の記事なわけです。
鍵様が色々書いてくだすったわけですけども、それは全てこういう考え方もあるよね、という皮相的な事例にすぎません。すべて極めて気分的なお話ではありますまいか。
なんとなれば、私はここにおいて記事を書いた際の立ち位置、また様々な事象に対するこのブログのアプローチ方法を記してお返事とさせていただくほかありません。

ところでキーホルダーってなんだったんですかい?

ネコタ斑猫 拝

>論理立ててご教授いただければ幸いです。
がんばってみます…

たぶんこの穢れとは、女性が持つ清めの影なんです、女性は男性を清ましいとはなから思ってないので、逆転させて例えるのが難しい。

しいて例えれば、少女漫画でよくある「父親が挙動不審で尾行したら、外で作った娘とこっそりデートしてるのを見てしまい、その異母姉妹に激しく生理的嫌悪感を抱く」というシチュはどうか?男性に理解しにくい、聖域を汚された感じ、異母妹に罪はない、といった点で。やっぱり的外れなような気がする…

関係ない話:娼婦に身を落として親の借金を返したり、孤児とかで否応なしに娼館で働かざるをえない、娼婦なんて非処女どころじゃないんだけど、こういう境遇の女性に男性は案外寛容、処女信仰を持っている人間でさえ。これは他の男がさわったからバッチイ、というより精神的に他の男性を受け入れたかどうかを重要視しているんじゃないかと。逆から見れば、

処女信仰薄い奴って女を性欲の捌け口としか思ってないんじゃねーの?  とか!

童貞様、Exactly!!!!

ブラボー! ブラボー!
(AA略)

「自分の精液も他人の精液もきたなくないんだから、
処女だろうと非処女だろうと変わんないでしょ。
そんな点を重視してると、生殖機会失うよ。処女に価値なんて無いよ。
と読み解きました。 」
non non nnon non!

「生物としてのオスからみると、
他人の配偶子を受けてしまっている相手よりも、
誰の配偶子も受けていない相手のほうが価値があるのは当然とは思えませんか。
誰の配偶子も受けてない事を唯一証明できる事象が「処女である」事なので、
処女には価値があるのです。 」
yes yes yes yes!

初めて今回の記事の主旨を完璧に読みとっていただいたであろうコメントを頂戴しました。
yes!
誰の配偶子も受けていないと確信しうるのは処女のみッッッ!
ゆえに処女には意味があるッッッ!
んが、ヒトの繁殖可能期間は少なく見積もっても遅い初潮の13歳から早い閉経の40代後半までのおよそ30年弱ッッッ!
30年の繁殖期間を持つ生物種において、果して処女性を問うのが妥当なのかッッッ!!!???
それよか疑惑持ちつつ適当なところで妥協したほうが合理的ではないのかッッッ!!!???
それが結婚制度の所以ではないのかッッッ!!!???

というわけで
私の意見を大変よく読み解いていただけたようで
ほんとうにありがとうございます。
御礼といってはなんですが
童貞様が愛した女性とお幸せに添い遂げる呪い

全身全霊でかけさせていただきます。

ネコタ斑猫 拝

当方、オス。

自分の精液も他人の精液もきたなくないんだから、
処女だろうと非処女だろうと変わんないでしょ。
そんな点を重視してると、生殖機会失うよ。処女に価値なんて無いよ。
と読み解きました。

否、処女には価値があります。

生物としてのオスからみると、
他人の配偶子を受けてしまっている相手よりも、
誰の配偶子も受けていない相手のほうが価値があるのは当然とは思えませんか。
誰の配偶子も受けてない事を唯一証明できる事象が「処女である」事なので、
処女には価値があるのです。

他にも宗教伝統文化思想的な面から
・処女性=神聖性
 巫女は処女じゃないと成れない、とか言うあれです。
 処女=神聖性有り>>>越えられない壁>>>非処女=神聖性なし
・処女=初めての男
 「初めて」に価値を見出すところからです。
 辞書通りの意味ですね。
 初登頂厨とかは処女厨だったりするんですかね。
・童貞からすれば、相手が処女であれば、対等の立場で接する事が出来る。
 童貞=低価値という世間マスコミ等の情報の影響から来ると。

尚、「自分の精液すら穢れの真髄、きたないもの」との認識は、
その認識を持っていると、自己の生殖行為すら否定してしまう事から、
孤高の処女厨しか持っていないと思います。

1255さま、おまちしておりましたぁぁぁ!

「それと、一応、生物進化や性選択を専攻するものとして言わせていただくと」
そのようなご専門の方をお待ちしておりましたぁぁぁ!
ほんとにうれしうございます!
是非ご教授お願いいたします!

こちらが一番気になっているのは
用語の使い方が間違っていないか
現在の論と極端な齟齬がないか
というあたりなのです。
よろしければそのあたりご検討いただければ幸いです。

さて、その喜びを胸にお返事させていただきます。

> コメントへのレスを頂いて読み直してみたのですが、これはそもそもフィクションに対する態度の話ではないのですか?紹介されていた2chのスレも、あくまでネット上でのおもしろおかしい書き込みのようにしか見えないのですが。実際処女が良いとか言っているオタクの友人も沢山おりますが、あくまで冗談のようですよ。
ええとですね。
そういうこといっちゃうと
小説やらをベースにした文化考察が
全部死んでしまいますので
やめてほうがよろしいかと存じます。
そんなことゆったら
世界なんて
個々が感覚から再構築した
フィクションに過ぎないわけですからね。
1255さまがせっかく私の記事にコメントなさってくださったのも
「こんなん思いつきのおもしろおかしい記事やんか
何マジレスしとんのや」
とか切り捨てご免になっちゃいますからね。
しかし私は
少なくともストーリーの都合というのを無視して少なくともネットにおいてのみであったにせよ
あれほどの話題になり
あのようなスレが立った以上
「ネット上でのおもしろおかしい書き込み」
ではなく
一部にせよ、確かに人々が抱いている偏愛の形が
表出したものとして
考察させていただいたのです。

> しかし、生物学的な話をしていながらああいう2chスレが紹介されるというのは、どうも話の流れとしてはおかしいと思いますが……。
生物学的な妥当性と人の言動とは切り離して考えられるものではないと考えております。
むしろ人は常に言語にだまされるものなので
一見不条理な言動を見出したならば
生物学的な妥当性について考察するのが
一番の理解の近道であるというのが私の持論です。
言葉に言葉載せてるうちにわけわからんくなっちゃうのは
落語の「千早振る」みたいなもんですなぁ。

> 、好きでやっちゃう献身は環境に依存して発生するもので、(環境に強制された)性役割と言えるものですよ。献身を嬉しいと感じるのもそうです。(詳しくは「利己的遺伝子」という言葉をお調べください)
ご安心ください、利己的な遺伝子については既読です。
というより既読であるということを記事から読みとっていただけなかったこと
やはり力不足痛感いたしました。
お恥ずかしい限りです。
ところで「利己的な遺伝子」自体は一般向けに単純化した大分古い論であり
現在は古典扱いだと思っていたのですが
生物進化や性選択を現役でご専門になさっておられる方から勧めていただいたことに正直驚愕しました。
さすがはドーキンス先生、
今も全然通用する書だったとは
そこにしびれる憧れるゥ!

さて、
今回の記事を書く際に参考にさせていただいたのは
少し古くてお恥ずかしいのですが
青土社から出ている
「性の起源」

岩波書店から出ている
「恋人選びの心」
です。
何しろこちらど素人なもので
図書館で借りることのできる縦書きの本ぐらいにしか触れることしかできず
大学の図書館でいかようにも専門書借り放題の
1255さまが羨ましい限りです。
せめて教科書レベルの本ぐらい読みたいものです。

「そんなことを前提にして考えると、青年向け、少女向けフィクションのストーリーは需要に合わせて非常に上手く出来ているのだなというのが私の意見です」
激しく同意いたします。
個人的には色恋沙汰のないマンガも大好きです。

今後は1255さまご自身のブログ開設を心よりお待ちしております。
その素晴らしい専門知識とご意見からすれば、私なぞよりはるかにすばらしい記事を数多ものにできること必定です。
このような素人談義に時間を割いておつきあいいただきまして、ほんとうにありがとうございました。

ネコタ斑猫 拝

語弊があるようですいません

1255のコメ書いたものです。
私はこの作品読んだことありませんし、モテない女歴20ウン年としては少女漫画の方になじみがあります。それを前提として語弊があるようですので少し返答を。

コメントへのレスを頂いて読み直してみたのですが、これはそもそもフィクションに対する態度の話ではないのですか?紹介されていた2chのスレも、あくまでネット上でのおもしろおかしい書き込みのようにしか見えないのですが。実際処女が良いとか言っているオタクの友人も沢山おりますが、あくまで冗談のようですよ。
もし本当に生物学的な話題を目的としてこのエントリを作成されたのであれば、それは私の読み違いでした。申し訳ありません。
しかし、生物学的な話をしていながらああいう2chスレが紹介されるというのは、どうも話の流れとしてはおかしいと思いますが……。

それと、一応、生物進化や性選択を専攻するものとして言わせていただくと、好きでやっちゃう献身は環境に依存して発生するもので、(環境に強制された)性役割と言えるものですよ。献身を嬉しいと感じるのもそうです。(詳しくは「利己的遺伝子」という言葉をお調べください)

そんなことを前提にして考えると、青年向け、少女向けフィクションのストーリーは需要に合わせて非常に上手く出来ているのだなというのが私の意見です。

1255さま、コメントありがとうございました。

今回の記事は
あくまでも
処女偏愛の進化学的妥当性
を主題にしておりまして
漫画と言うフィクションの中での処女非処女の意味
を論じているわけではございません。
別の方へのコメントでも申し上げたのですが、
フィクションにおける処女偏愛については最初の十行でしか触れておらず
論じてすらいないため
そのあたりについてコメント頂戴するよりも
ご自分でブログを開いて貴重なご意見を御開帳なさったほうが
よほど適切かと思うのですが
コメント下さったお気持ち
何より
かんなぎという作品への愛がひしひしと感じられたので
ありがたくお返事させていただきます。

で、コメントをよく読ませて頂いたのですが
ほんとに、こんなにも生物学的な事例を主に
ソースへのリンクまで張って
書いたにも関わらず
何故にフィクションのお話ばかり振られてしまうのでしょうか。
この記事の生物学的な妥当性について
語り合ってくださる方はいらっしゃらないのでしょうか。
いや、そんな愚痴を1255さまにこぼしても始まりませんね。

というわけで
フィクションと言う
言わば
生物学的な事実とは全く別の位相
のお話について
1255さまのコメントを引用しながら
お返事します。

「では少女漫画では、少女である主人公の運命の人(男性)の過去の女性経験を何故問わないかというと、それは少女漫画のヒロインは一方的に愛を与えられるもの、少年漫画の主人公は愛を与え合うもの、という基本的な性役割があるからだと思います。
漫画をご意見のベースにしていらっしゃること、またその見解のもとがどの作品であるのか不明瞭であるため非常に答えづらいのですが
人のメスというものは妊娠子どもの成熟共に非常に長い期間を必要とするため
オスに食料を持ってきてもらわなくては繁殖に成功しない
また
人のオスというものは繁殖に当たって受精後コストをかけないという選択も可能である
という
生物学的な事実
はございますが
少女マンガ少年マンガまたそれ以外のマンガも多々ございますので
ここで「少女マンガにおいてはこうである」
という断定から論を始めるのは避けたいと考えます。

「少女にとっての運命の男性には過去に女性がいた方が、経験があるわけだからより自分に対して多く愛(というか献身)を与えてくれる術を持ってるので自分が得をするわけです。
少女漫画の運命の彼はどんな献身も可能なスーパーマンであり、ヒロインはそれに胸キュンしてるだけでストーリーが成立するので、過去の恋人の存在はデメリットにならないのだと思います。」
なんか
アレ
のにおいがしますね。
アレ
とは
みんな大好き新條まゆ先生
です。
何故こんなにも生物学的な事例を出したにもかかわらず振られるのがフィクションのお話ばかりなのでしょうか。
いや、これ先ほども申し上げましたね。
でもこれ、少なくとも後半の記述については、男性向けのマンガでも成り立ちませんかね。
「男性向け漫画の運命の彼女はどんな献身も可能なスーパーガールであり、主人公はそれに胸キュンしてるだけでストーリーが成立する」
や、成り立ちましたね。
実験成功です! ひゃっほう!
まぁ、男女とも妄想なんてそんなもんですけどもね。
でまぁ異性向けについてそういうことを申し上げますと
いや、主人公はちゃんと色々考えてるし色んなトラブルにも巻き込まれてるよ
みたいな話になると思います。双方とも。
まぁ、男女とも現実が辛いから妄想ぐらいご都合よくないとね、という労いもって
このあたりについてはしまいにしてもよろしいでしょうか。

「でも少年漫画ではそうはならないわけで(主人公はヒロインから献身を受けたら、少女漫画と同じようにヒロインを胸キュンさせるためにそれ以上のものを返さなければならない)、過去にヒロインが献身していた男の存在は自分の献身のハードルを高くするだけだと捉えられるのではないでしょうか。 」
このあたりの理屈がよくわからないというか
主人公ヒロインから献身を受けているんだったら献身返してやれよとか
それ以上とかどうやってはかるんじゃいとか
そもそも好きだからしている行為を一々献身と呼ぶのはどうなんじゃいとか
そんなことを思ったりもしたのですが、
1255さまご自身が
献身

好きでおのずからしてしまう色々な素敵な行動
との
区別がつかなくなるほど心身疲弊なさっておられるかも知れないと思いつきまして
お疲れ様ですと申し上げるにとどめておこうと思います。

「男性が女性を胸キュンさせなければならない、それが出来なければ男じゃないというある種の性役割の強制が、漫画の主人公にも現れているのかな、と考えながらこの騒動を見ていました。」
胸キュンさせなければならないというあたりに
やはり疲弊が伺われるのですが
なんか
多分
マンガを資料としてこの問題を考えるのは
とても危険というか
私は一体今回
何を主題に記事を書いたのか
処女偏愛の進化学的妥当性について書いたつもりであったのに
何故
極端な話を言えば
作家ごと作品ごと
さらに言えばキャラクターごとに異なっているであろう
性役割や
胸キュンの操作可能性
などについて
検討しようとしているのか
段々わけわからなくなってきました。
脳みそに酸素が足りないんじゃないか
そんくらいの迷子です。
ただ
1255さまにおいては
私なぞよりも
多くのマンガをお読みになり
それらから築き上げた確固たるご意見をお持ちとお見受けしましたので
ご自分でブログを立ち上げることを強くお勧めいたします。
何と申しますか
記事の主題ではないところについてコメント頂いても
力不足で有意味なお返事をすることができず
誠にもって申し訳ない仕儀となっておりますので。

それでは、色々お健やかに。
ネコタ斑猫 拝

1254さま、コメントありがとうございました。

お気持ちに沿う部分が少なかったでしょう長文記事をわざわざ延々スクロール下さりコメント欄にたどり着きご丁寧に書き込みいただいたようで誠に持ってお疲れ様でございます。

以下1254さまのコメントを引用しながらお返事させていただきます。

「ナギ様中古事件といっても」「実際は事件でも何でもないよなぁ」
ご指摘を頂いて検索しましたところなるほどナギ様中古事件よりナギ様中古問題の方が一般的な用語であったようです。
謹んで訂正させていただきます。
ご指摘ありがとうございました。

「そもそもかんなぎを読んだことを
無いやつ」
大変申し訳ありません。未だ拝読の機を持っておりません。
が、今回の記事ではかんなぎについては最初の10行しか触れておらず残りの240行については処女偏愛の進化学的合理性について考察させていただきました関係、またかんなぎの事件を極端な例として散見される「処女性への拘り」を集約したスレッドを記事の資料としたと明示している関係、何よりもかんなぎという作品の主題は処女偏愛及びその是非にあるものではないと判断した関係で、今回資料とする必要はなかったと考えております。
なお、今後機会があったら是非拝読したいと思っていることを付記しておきます。

「騒いだり処女厨きんもーと言ってるだけで」
これについてなのですが
今回は、1254様の言葉をお借りすれば
処女厨きんもー
よりも
非処女きんもー
という認識はどうなのか、ということを主題として今回の記事を書かせていただいたつもりです。
もし機会があれば、1254様にも、最初の10行より先もお読みいただければ幸いなような気もいたしますが、別に読んでくださらなくても私は一向に構いませんのでお気になさらぬようお願い申し上げます。

それでは色々お健やかに
ネコタ斑猫 拝

unajiさま、コメントありがとうございました。

「女の人間性・精神性は「一切」関係なく、最初の男になったという「物理的・肉体的事実」のみにフォーカスが向けられていると思うのです。要するに処女嗜好という観点においては男は相手の人間性を見るほど余裕がなくて、女体は自分の支配欲を満たす道具でしかないんだと思うんです」
うーむ、これまた一概には言えないお話なんではないかと思うのですが…。
相手のことを大切に思えば思うほど許せない方もおられるだろうし、思うからこそ受け入れる方もおられると思うのです。
私がここで論じたかったのはあくまでも処女偏愛の生まれる進化学的な原理であって、
個々の事例の細部について語ろうとするとそれはもう茫漠としてとらえがたいものだと思うのです。
unaji様にしても
キャラクターとしての処女に拘る方々
を問題にしておられるのか
リアル処女ハンター
を問題にしておるのか
主語が入り乱れておられますしね…。

いずれにせよ、交尾というのは自分の遺伝子を相手に託すことですから、大切にしたいなぁ、と、そのように考える次第です。

ネコタ斑猫 拝

漫画中の「運命の人」と性役割

穢れるというのは、あくまで後付け理由であって、本質的には、「運命の人」という少女漫画的ロマンチックさを求める心理にあるのではないかと、私は考えています。

少女漫画的な「運命の人」がいたとして、自分はその運命の人と出会うために今までモテずに辛さに耐えて過ごしてきた。なのに、やっと巡り会えたその運命の人の運命の人が自分以外であった、となったらやっぱり悲しいので、それは避けたい。
もし、その運命の人が過去に異性と交際していても、性交まで至る深い交際でなければ「やっぱりこの人にとって自分が運命の人だったんだ」と思うことができる。
つまり、自分の運命の人の運命の人はやっぱり自分であって欲しいという心理から、他の人との性交まで至るような交際をした女性は自分の運命の人ではないと思っておこうとしているんじゃないでしょうか。
ストーリー的にモテない主人公の運命の人であったヒロインの運命の人が主人公でなかったということにショックを受けているのかと思います。

では少女漫画では、少女である主人公の運命の人(男性)の過去の女性経験を何故問わないかというと、それは少女漫画のヒロインは一方的に愛を与えられるもの、少年漫画の主人公は愛を与え合うもの、という基本的な性役割があるからだと思います。

少女にとっての運命の男性には過去に女性がいた方が、経験があるわけだからより自分に対して多く愛(というか献身)を与えてくれる術を持ってるので自分が得をするわけです。
少女漫画の運命の彼はどんな献身も可能なスーパーマンであり、ヒロインはそれに胸キュンしてるだけでストーリーが成立するので、過去の恋人の存在はデメリットにならないのだと思います。

でも少年漫画ではそうはならないわけで(主人公はヒロインから献身を受けたら、少女漫画と同じようにヒロインを胸キュンさせるためにそれ以上のものを返さなければならない)、過去にヒロインが献身していた男の存在は自分の献身のハードルを高くするだけだと捉えられるのではないでしょうか。
男性が女性を胸キュンさせなければならない、それが出来なければ男じゃないというある種の性役割の強制が、漫画の主人公にも現れているのかな、と考えながらこの騒動を見ていました。

ナギ様中古事件といっても そもそもかんなぎを読んだことを
無いやつが騒いだり処女厨きんもーと言ってるだけで実際は
事件でも何でもないよなぁ

レスありがとうございます。

>自分の技術は未熟かも知れない恐怖
>それを他と比べられるかも知れない恐怖
>が出口を探した挙句
>処女なら下手かどうかわかんねぇしお互い一緒に上手くなっていけばいいんだから心配ねんじゃね!? 願望

処女嗜好の原因は「他の男と比較されるのが怖い」とする方は結構見られますが、私はそれについて懐疑的です。なぜかというと、(前置きしておきますが現実にはありえないシュチェーションですよ)女が睡眠・催眠等無意識下の状況で性交渉をされた場合、自意識においてはその記憶がなく、行為の程度を比較する判断材料は持ちえてませんが、肉体的には非処女ということになります。「他の男と比較されるのが怖い」論だとこの女はセーフということになりますが、実際のところ同様の設定のキャラクターは処女嗜好の男から批難されることが多いからです。逆に、精神的な性経験をしていて、比較材料を持ち合わせていても、肉体が処女であれば受け入れられることが多いです(レアケースですが)。Tin Lionさんも「女の人に受け入れられたいから」という旨のことも仰ってますが、両者ともあくまで女性視点というか、繰り返しになりますが女の人間性・精神性は「一切」関係なく、最初の男になったという「物理的・肉体的事実」のみにフォーカスが向けられていると思うのです。要するに処女嗜好という観点においては男は相手の人間性を見るほど余裕がなくて、女体は自分の支配欲を満たす道具でしかないんだと思うんです。こういった齟齬は女の方が性について人間性を起点に考えているのに対して、男は肉体的快楽と精神的疎通を分割して考えるところにあるのかもしれませんね。

1250さま、コメントありがとうございました。

> 二次元でああだこうだ騒ぐ人ほど、むしろ三次元には寛容であるという視点がないですね。
大変申し訳ありません、寡聞にして存じ上げませんで。
てっきり二次元の処女性についてデリケートな方は、三次元の処女性についても同様であると思い込んでおりました。
自分の不勉強を恥入る次第です。

> むしろ実際の女性に寛容であるからこそ、二次元では、と思う人が増えたのでしょう。
二次元の女性くらいには夢を持ちたいというわけですね。
仰る通りなのかも知れません。

ただ、1250さまにわかっていただきたいのは、このコンテンツはあくまでも一部の男性が未だ所有しているように見受けられる処女でない女性への過剰な嫌忌を解体するところにあり、またそれに伴ってそのような男性自身が無意識に所有しているだろう男根や精液への穢れ観をもまた解体するところにあるわけです。

1250さまの仰る通り、多くの男性が実際の女性の処女性に寛容であり、ご本人も深く傷ついているだろうレイプ被害を受けた女性などが蔑視されることなどないならば、また性行為を済ませた女性が無暗に中古と蔑視されることがないのならば、こんなに嬉しいことはありません。
もちろん、初めて契りを交わした相手と生涯添い遂げることができるならば、それは現代の結婚制度上も、とても幸いなことだと思っております。

ただそれが常に実現可能ではない現代において、1250さまのようなご意見を頂くことは、とても心強く、改めて御礼を申し上げます。

では
ネコタ斑猫 拝

鍵雄さま、コメントありがとうございました。

正直、これほど解読しづらいコメントを頂いたのは初めてなので大変感慨深いです。
もしや何かのダイイングメッセージでしょうか?

> 男と女は対ですが、対称的存在ではないですよ。
記事のどのあたりでそのようにお読みになられたのか
そもそも男女が対称的な存在ではないとは
どのような意味合いを込めておっしゃっているのかがさっぱりわかりませんので
論理立ててご教授いただければ幸いです。

> 鍵君、なんでキーホルダーなんか付けるの???
> 錠前子判んない?理解できない!て言われても~=
鍵を男根、錠前を女性器と解釈することは可能なのですが、キーホルダーを何にたとえているのかがさっぱりわかりませんので
論理立ててご教授いただければ幸いです。

そうすればおそらく意味のあるお返事をできるかと存じます。

ネコタ斑猫 拝

  

二次元でああだこうだ騒ぐ人ほど、むしろ三次元には寛容であるという視点がないですね。

むしろ実際の女性に寛容であるからこそ、二次元では、と思う人が増えたのでしょう。

男と女は対ですが、対称的存在ではないですよ。

鍵君、なんでキーホルダーなんか付けるの???
錠前子判んない?理解できない!て言われても~=

Tin Lionさま、コメントありがとうございました。

処女厨の生物学的な妥当性というのは
確実に自分の精で孕ませられる
というその一点に尽きると思います。
が、ヒトという種の繁殖期間の長さを考えると、拘ることは必ずしも得策ではない。
さらに現代のヒトの性行動を考えると、
初めての相手と生涯添い遂げるというのはなかなか難しいというのが正直なところです。
つまり性行動に成功している現代の男女においては
自分も初めてじゃないけど相手も初めてじゃない
相手と結婚する確率がかなり高い、と。

ぶっちゃけた話、処女厨と言うのは現実的じゃないと思うわけです。

にも関わらず処女厨を選択する人の心理にあるのは
自分の性行為の技術を誰かと比較されたくない
という極めて文化的な恐怖症ではないか。

エロマンガなんか見るとね、もうおにゃのこはすっごいことになっちゃってるわけですよ。
私は例のアヘ顔というのは美しくなくてあまり好きじゃないんですが
処女でもいきまくりなんて描写がすごいあるわけです。
でも実際には処女でいきなり気持ちよくなんて生理的に無理なわけですし
自分自身そんな技術を持ち合わせていないかも知れない。
いくらエロマンガ資料にエアーセックスで経験を積んだところで
そういうものが通用するわけないということは
ご自分が一番わかってたりするわけです。
で、相手が処女でなければ
前の誰かとセックスの技術を比較される可能性がある。
そしてことによるとバカにされたりがっかりされるかもしれない。
そういうのを恐れているんじゃないか、と。

つまり処女厨とは
確実に自分の精で孕ませたいという胎生生物の生物学的な本能

あまりにも過剰に流通している
男性は女性をエクスタシーに至らせる技術を持っていて当然
という文化的な妄想の裏返しとして必然的に生じた
自分の技術は未熟かも知れない恐怖
それを他と比べられるかも知れない恐怖
が出口を探した挙句
処女なら下手かどうかわかんねぇしお互い一緒に上手くなっていけばいいんだから心配ねんじゃね!? 願望
という形にダメハイブリッドしたあまり生物学的に妥当でなく時代的にはには気の毒な抑圧概念なんじゃないかと思うわけです。

もちろん初めての相手と互いに愛し合って生涯添い遂げることができれば、それがほんとうに素敵な結婚の姿だと心から思っていますよ。
ただ、現代の性行動には少しそぐわないところがあるなぁとは思いますし、
私は処女厨を否認しているのではなく
そういうのを拗らせて
処女以外がきちゃない!
いう見解に至っている男性がいて、それはいかんとおもふ、とそういうのがそもそもの立ち位置なわけです。

あと、体をゆだねるというのは処女に限らず多くの女性にとってとても大切で相手を信頼した行為だと思います。
男性がそうであるのと同じように。
現代の性行動からするとなかなかそうとも信じがたいでしょうが、マスコミが流布しているのは常に耳目を集めるに値する極端な事例であるということをお忘れなく。
大体他の生物では初潮来たらすぐ繁殖行動に突入するでしょうに、文化的な抑制で男女とも先送りしているのはなかなか立派なことだと思いますよ。

あ、あとあんまり経験人数が多いと性行為感染症の危険性が高まりますので、そういう意味で処女といわずとも経験人数の少なそうな女性への選択圧がかかるというのは、これまた生物学的には妥当だと思います。

では
ネコタ斑猫 拝

unajiさま、コメントありがとうございました。

2ツコメント頂戴したのでまとめてお返事させていただきますね。

> 男ですけど、おそらく多くの男が程度の差はあれ潜在的に持ち合わせている処女嗜好の背景には確実にこの認知があると思います。これを否定する男はおそらくあまり見かけられないと思います。
こういう処女信仰と言うのは文化人類学的民俗学的な見地からいうと一体どこから来たんであろうか、とずっと考えております。
だってヒトと言う種の繁殖可能期間の長さを考えた時どうしても無理のある概念じゃあござんせんか。
おそらく農耕が始まり農産物を穀物を蓄えうる支配階級と言うものが成立した頃に
女性もまた増産の道具として蓄えるべしという考え方が生まれ
そこから自分の支配集団に所属する女性全てを占有すべく初穂摘みなどという悪習が始まり
結果お下がりである非処女はお手つきで穢れているなどという考え方が生じたんではないかと思うのですが
ウェブはそういう先人の研究に腰据えて当たるには浅すぎますし
資料もないまま無責任にそのあたりに言及するわけにもいかないので
とりあえずご容赦下さいませ。

処女と言うのは非常に儚いものです。
一回やったらそれで喪失してしまう属性ですからね。
一方で子どもを産めぬ女を石女呼ばわりされたような時代(江戸時代など)においてはむしろ経産婦の方が子どもを産んだという実績があるという点において重宝されたりもしました。
それが幸福かどうかというのはまた別問題ではありますが。
とにかくこのあたりは交錯していて先が見えません。

> しかし、ブログ主は女の方とお見受けしますが、異性の考えをよく汲み取っていらっしゃいますね。先日、処女嗜好の人間は童貞賛美という旨の女の方のエントリーを見かけて、ずいぶん見当違いな話だなあと思ったので。
処女嗜好の方は童貞を賛美するというより
己のセックスを他者と引き比べられることに対する恐怖症
をお持ちなんじゃないかと思っております。
その辺については別の方へのお返事にとっておくつもりなんですが
そちらも目を通していただければ幸いです。

自分はあまりにも妄想まみれになってしまった
ヒトの繁殖行為
というものを
解題しようと長く勉強してまいりました。
これまでに読んで特別参考になったのは
生物の遺伝子交換システムの成り立ちについて改題した
「性の起源」

ヒトの性淘汰について詳しく改題した
「恋人選びの心」
です。
ご参考まで。

「穢れる」という用語を用いたのは
化学的には全く変化のあてがないにも関わらず
汚れたなんのと騒いでいる様子が
まるで素朴なな感染呪術信仰を思わせるため
あえて化学的物理的な汚染に慣用される「汚れ」ではなく
民俗学的な意味を含めた「穢れ」にしたと、まぁそういうわけです。

えんがちょってやつですね。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

有性生殖を否定しているというよりも
有性生殖を繁殖方法として選択してきた系統の末端に位置する種として
遺伝的に培ってきた性行動
それはもちろん様々な思考パターンも含まれていると思うのですが
それらについてまるで検討もせず意識化もしないまま
様々な妄想が膨張しちゃったのが
現在のヒトの性の現状だと思います。

最初の男になりたいというのも
他の精を孕んでいる可能性が全くないため
確実に自分の子どもを産んでもらえる
そういう生物学的な本能によるものだと考えた方が妥当ではありませんか。

そのあと囲い込めれば男としては大勝利! なわけだし
私もそれこそが幸福な結婚の姿だと心から思っております。

というわけで妊婦姿がショッキングなのは
当該女性の子宮ががっつり使用中のため
どうがんばっても自分の精を孕ませられないという
結局ただその一点に拠るのではないか、と。

いやほんと、妊婦姿ってなんかものさびしいですよね…。
相手が美人だとなおさらです。
確実に「やった」感がありますもんねー。

こんなエントリ書いたのも、うちの小さい人たち(男の子二人)が
将来
「ぼくのちんこは汚い」
とか
「精液は汚い」
とか
変にうっ屈したら困るなぁ、という思いからでもありました。

自分も子どもの頃漠然とちんこは汚いなどと揶揄したりしたのですが

ちんこは乾いてて全然汚くないなぁというのが正直なところ…ゲフンゲフン。
構造や分泌物考えると絶対に女性のナニの方が…ゲフンゲフン。

いや長くなって申し訳ありません。
ネコタ斑猫 拝

精液云々というよりも、処女厨自身の意識と、女性にどれだけ好かれたいか、という欲求の問題ではないでしょうか。

まず処女厨自身がどういう意識を持っているのかというと、意中の異性の心に残る同性(相手にとっての異性=自分にとってのライバル)を見出したくないがゆえに、彼らの心の動きは以下のチャートをたどるものだと考えられます。

好きな相手を自分の色に染めたい
     ↓
相手を独占したい
     ↓
相手の色を染めていいのは自分だけ(俺の嫁)
     ↓
実は非処女だった(他人の色に染められたことがある)
     ↓
独占できない(自分の色に染め上げられない)
※キープ君扱いされようものなら殺意の波動に目覚められるでしょう
     ↓
誰かの色に染められたものなんて要らない!
裏切る相手なんて要らない!
     ↓
中古のビッチ死ね!処女以外は認めぬ!

このような心の動きを経た処女厨が、処女と非処女のセックスに対する抵抗感というのを比べた場合、強姦被害者でない限り、後者の方が低いものだと考えるのが自然でしょう。そして、どちらに受け入れられる方が嬉しいか、どちらがより他人に目移りしないのかを期待できるかと言えば前者になるわけです。

セックスという行為に対して抵抗感を持つ処女に、「自分のために"抵抗感を我慢して"頑張って受け入れてくれるほど」心の底から大好きになってほしい、自分だけを愛してほしい、自分だけが相手の特別な存在でありたい……そのような独占欲と特別視されたいという思いが処女厨を成しているのではないでしょうか。

※でも処女厨にとって処女キャラ達のハーレムは全然オッケーになるでしょうね。

追記ですが

>精を受けただけで女性が穢れるとして

「穢れる」という表現にはしばしば齟齬が発生するように感じられるので補足しておきますと、このことについて女の方は人間性について言及されがちですが、「穢れる」という表現は要するに「既に他の男が経験してる」という事実を示していて、情けないことに男にとって(処女嗜好における感情のみについては)人間性なんてものは心底どうてもよく、前人未到の女の「最初の男になったという事実」のみが重要なんです。で、処女じゃないと、絶対にそこには至れないということに対して「穢れる」「中古」となるわけです。(中古の方がニュアンスが近いですね)
何がいいたいのかというと、男根・精液が穢いという認知の根底には「最初の男になったという事実」への願望があるということと、処女嗜好は有性生殖を否定してるわけじゃなくて、むしろ有性生殖に強く固執してるからこそのものではないかと思うのです。なぜ「最初の男になったという事実」への願望があるのかについては、うまく説明できないのですが。

>男根と精液とは
>穢れの精髄のようなものである
>と告白しちゃってるのと同じですからね。

男ですけど、おそらく多くの男が程度の差はあれ潜在的に持ち合わせている処女嗜好の背景には確実にこの認知があると思います。これを否定する男はおそらくあまり見かけられないと思います。
しかし、ブログ主は女の方とお見受けしますが、異性の考えをよく汲み取っていらっしゃいますね。先日、処女嗜好の人間は童貞賛美という旨の女の方のエントリーを見かけて、ずいぶん見当違いな話だなあと思ったので。
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
検索フォーム
最近の記事
カテゴリ
リンク
最近のコメント
月別アーカイブ
RSSリンク
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近のトラックバック