ねーよ、と思ったこと。

子ども関係のことを価値観近く大変気も合うお母さん友達のYちゃんママによく相談するのだけれども
うちの母はそれを余り宜しく思っていないようなのだ。
挙句最近はあからさまに
「自分の子どもと同学年のお母さんになんでも話すのやめなさい。
後から子どもに差がついたときねたまれたり嫉妬されたり悪口言われたりするからね。」
なんて言い出しやがった。

相変わらず風通しの悪い人だ('A`)

で、正直不快感を覚えながらも
「じゃああなたは子どものこと誰に相談してたの? 」
と尋ねたところ
「学年が上か下かのPTAのお母さん。
M(弟)のときにはPTAやってたからね。
よくご飯食べに行ったりしたし、今でも関係続いてるわよ。
Mと同学年の子どものいるお母さん友達は一人もいなかったけどね。」

工工エエエ(´Д`;)エエエ工工

それはただ単にあなたがクラスで浮いていたということなのでは。

という言葉が喉まで出かかったが嚥下した。

まぁ母も私が多少珍しい学歴を経てしまったせいで、弟の小学校時分にねたみや陰口や嫉妬を受けることを避けられない状況にあったのかも知れない。
それに母自身見込まれて専業主婦から突然とある要職に就いてしまったような色んな意味でしっかりした人だ。
息苦しいほどのアグレッシブさと正義感とは、なるほどPTAの人たちと相性がいいだろう。
状況は容易く想像できる。

が、我が母ながら、我が子と同学年の子どものいるお母さん友達が全く居ないというのは一般的な状況とは言いがたい。
弟に同学年の友だちはいなかったのだろうか?
自然お母さん同士の交流も生じると思うのだが。
子どもが学校でどうしているかの情報を同学年のお母さんから回してもらわずに、どうやってしのいでいたのだろうか?

専業主婦だったので時間に余裕があって、マメに学校に行って様子を知ることができたのかも知れない。

そうであれば、なおさら私とは状況が異なっているわけで、にも関わらず
何故一般的でない経験則を全く別の状況にある人間に適用しようとするのか
さらには強制するのか
まるで理解しがたいのである。


正直Yちゃんのママのように学校での子どもの様子を色々と知らせてくれる存在というのは、私のように母子家庭でフルタイム勤労中の人間にとって、どれほど大切な存在か。
価値観を近しくし、色々話し合える友だちというのが、どれほど大切な存在か。
たとえ母が恐れているように、万が一Yちゃんのママが誰かと陰口を叩いているという状況があったとて、それは大きな問題ではないと思っている。

Yちゃんのママが私のために多くの時間を割いてくれること、一緒に考えてくれることが事実であるには変わらないからだ。

私は誰かが私に向けた言葉やふるまいからその人となりを再構築する。
その他に誰かを知る術などないからだ。
その人が私に向けてくれた言葉やふるまいを信じる。
他の誰かと一緒にいるときに私を悪しざまにいっていようとも、少なくとも私と一緒にいるときに悪しざまにすまいと思い、たとえ振りであっても大切にしてくれているというのは、その人の紛う方なき真実だからだ。

それで十分じゃないか。

何故その人が見せまいと努力してくれている裏をわざわざ探そうとするのだ。
そんなもの、そもそもないのかもしれないのに。

人には「真実の姿」なんて存在しない。
私に「ほんとうの私」が存在しないのと同じように。
私は誰かとの関係の中にのみ顕現する。
私が、私との関係の中で見出されたふるまいと言葉から、誰かを再構築するように。

だったら、目の前の誰かとそのふるまい言葉を信じずに、何を信じるというのだろう。

誰かに
「あの人は陰であなたの悪口言ってたよ」
と言われれば信用できなくなるだろうか?
だが悪口を言われ、それが回りまわって自分の耳に入ったのなら
自分のふるまいを疑えばいい。
悪口をいわずにおれない何かがこちらにあったかも知れないからだ。
その人はどこかから私に伝わることを願ってそのような振る舞いに至ったのかも知れないからだ。
そうであれば
思い当たる節があれば黙って直しまたは先んじて謝り
もしもなければ
「これこれこういうことを聞いたのだが」
と直球で聞いてしえばいい。
それで潰えるならもともとそこまでの関係だ。
相性がよくなかったのだと思ってあきらめろ。
告げ口した相手に露呈したらどうなるかなどとおびえるな。
もしその人がほんとうに親切心から言ってくれたのなら、露呈したからといって気を悪くしたりはしないだろう。
むしろ自分の告げ口(もはやその場合は進言であるが)をきっかけに話し合えたことを喜んでくれるだろう。
そうでないならただの愉快犯だ。
むきになって関係を継続させるほどの相手じゃない。

そこにまで考え至って。

実はうちの母というのは、傍目からはおおらかに見られがちだけれども、ものすごく人間不信でさびしい人なんじゃないかと思った。


まぁそもそもの部分で、日々働いてかろうじて糊口をしのいでいるような人間を嫉妬するような人間がどこにいるのか、母には落ち着いて考えてもらいたい。
あなたとは違うんです! (ダメな方の意味で)


るいんずめもりぃさま、記事の紹介ありがとうございました。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

質悪い人と言うのは何処にでもおりますし

そういう相手に限って敬遠するわけにもいかない距離に居たりもするわけですから、なかなか難しいものではあります。
しかしとりあえず相手が自分に対して誠実にあろうとしているのに痛くもない腹を探ろうとするのは非効率的なわけです。
翻って自分はどうかというと、わりとぶっちゃける方なので、逆にそういう「いやーあいつって困ったところあるんだよなー」と勢いに任せて口走ったことで安直に敵認定されても困る。
困るところはあったとしても、それが相手のすべてだと認識しているわけではないので。
むしろ、容れられない部分があってもその人は自分にとって大切な人である、という方が正直な人間の在り方だと思うのです。
自分も何もかも容れられてるなんて状況考えられませんしね。
そんなのは目が塞がってるだけだと思いますしね。

いずれにせよ、遠まわしに何か言われるのは、誤解か事実かどちらかなわけで、自分と相手との距離感や今後を考えて対応すればいいんではないでしょうか。

というのが二年間元旦那にだまくらかされていた人間の所感です('A`)
ネコタ斑猫 拝

悪口の所すごいなと思いました。
ふむむ、
会社でもそんな事よくやられますが、
そう思えばイライラもしないもんですのう。
すごすぐるぜネコタさん・・・
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
検索フォーム
最近の記事
カテゴリ
リンク
最近のコメント
月別アーカイブ
RSSリンク
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近のトラックバック