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切れる子どもを止めるのは道徳よりも損得だ。

今だから白状するが、うちの第一子は一頃大変な破壊魔であった。
明かすのが恥ずかしいほどに些細なことで切れて破壊したもののうちとりわけ重篤な損害をもたらしたもの
買って半年のノートパソコンの液晶
自分のDSLiteのヒンジ
第二子が大事にしてたドラクエ鉛筆

被害額およそ20万くらいか。
ドラクエ鉛筆は心情的にプライスレス。
つーかパソコンのデータもまじで飛んだ。ヤマダ電機に持ち込んでデータ引っ張り出してもらったんだが、完全とはいかずこれもまたプライスレス。

あれ以来エロ画像の秘蔵先はUSBメモリになったわけだが(←がんばるとこちがう)。

でまた上の子は実に的確に人が大事にしているものを狙ってくるわけだ。
てか、DSLiteのヒンジ破壊した時には正直驚愕した。お前それ自分のやろが。

道徳はさんざ説いた。人の大切にしてるものを破壊するということがどれだけひどいことなのか、それをすることで失われる信用が如何ほどか、無駄にある表現力でキリスト並の譬え話駆使して説きまくった。

しかしながらまるで効果がナッシングゥゥゥゥゥ! 奴はイラつくとすぐに
「またパソコン壊すよ」
などと脅しをかけて来やがるゥゥゥゥゥ!

のでもう道徳はやめだやめ! こういう手合いにはいっそ損得で話をするべきじゃなかったのか?

というわけで、こんなふーに説いてみた。

「もうわかった。お前には道徳方面でこの件について話しても多分どうにもならんだろう。
お前は道徳について一応弁えてる。普段のお前はわりときちんとしてるからな。
で、切れて何かもの破壊しても、それを開き直るわけでもない。後でちゃんと悪かったって思って謝ったりすごく反省して落ち込んだりする。だからお前は人が大切にしてるものを壊しちゃいけないっていうことはちゃんとわかってると思うんだよ。
でも思うとおりに行かなくてキレると、お前は物を壊す。そのときもうお前は悪いこととかそういう判断の上に行っちゃってるわけだ。悪いこととわかってるけども相手に報復したい、僕をこんな嫌な気持ちにさせた相手は傷ついてもいい、とか、そういうところにいっちゃってる。そうなるといくら普段のお前が
道徳についてわかってても無駄なんだ。もうお前は道徳をわかってる自分を越えちゃってるわけだから。
だからそういうときにはな、
「これをすると損するか得するか」
って考えてみろ。
お前DS壊したよな。で、お母さんトサカに来て暫く修理に出さなかったからその間遊べなかったし新品交換してもらったけど修理代として3500円かかったろ? で、そのうちの2000円と送料は自分で出さなきゃいけなかったろ?
もしお前があそこで切れてDS壊さなかったら、2500円分お前は自由に使えたわけだ。
でも我慢できなくて壊しちゃったから、遊べない期間が出て、そんなことしてなければ払わなくてもいいお金を払うはめになった。
お母さんのパソコンだってそうだ。ああいうことされてお母さんは買ってからまだ半年も経ってないパソコン買い換える羽目になった。新しいパソコン買ったお金はみんなでどこか旅行に行けるくらいのお金だ。それがお前のせいでなくなっちゃったわけだ。
第二子の鉛筆だって、お前は第二子が僕の鉛筆をおろうとしたから僕も折ってやったんだっていってるけど、実際に折ったのと脅しただけってのは全然違うだろ? 大体実際に破壊しちゃうとコストがかかるし証拠も残るんだ。お前がいくら第二子が折るって脅したって言ってもお母さんその現場見てないし証拠も残ってないから判断できないよね。でもお前が折っちゃった証拠は厳然と残ってる。だから第二子よりもお前が明らかに悪いと判断される。実際に折っちゃったからだよ。
なんでもそうだ。脅されるのと実際に壊されるのと、気持ちの上でのダメージは同じくらい大きいように思うかもしれないけども、他の人が後から判断する基準って言うのは客観的に被害が確認できるかどうかなんだ。
壊れたものは見えるけど、いやなこと言われて傷ついた心とかは見えないからな。
そうするとお前、いくら切れてもものを壊すのはものすごく損だろう。余計なお金かかるし人からの見方は悪くなるし自分も傷ついたんだって言う気持ちは無視されちゃうんだぞ。
口で悪いこと言うのはしょうがない。お母さんも言いすぎることあるし、第二子もお前が納得いかないようなことするのは知ってる。だからお前が相手に報復したくて相手を自分と同じくらい傷つけたくて口で悪いこというのはしょうがないと思う。それはたぶんある意味でお互い様だ。お前がひどいこと言いたくなるときっていうのは、やっぱりお前が嫌な気持ちになったときで、たとえお前が最初に悪いことをしたためにそういう風に言われることになったのだとしても、悪口いうことまで止めようとは思わない。言いたくなる気持ちもわかるからな。
でもものは壊すな。
お母さんがさんざ話したことでもうわかったと思うけど、得すること1個もないからな。
わかったか? 」

人間よほどの病質でないかぎり、およその道徳ぐらい身についているものだろう。
にもかかわらず、衝動的に違法行為を働いてしまうのは
損得が勘定し切れない
からだと思うのだ。
ムカついたから破壊
を容易くやってのけたうちの第一子を見ると、つくづくそう思う。
もちろん道徳だけで抑制できればどれほどよいか。
だが抑制できない場合、損得で説く、コスト感覚に訴えるというのは、大変有効なんではないか。
大体法律はそうやって成り立っている。
集団の秩序維持に反する行為をしたら個人的に大変な損をするよ、そういうふうに取り決めて集団にとって損な行為を抑止しようとしているわけだ。

一時的にせよ道徳の彼岸に立ってしまった人間に、道徳を行動基準に採用せよというのは結構無茶振りだと思う。
で、現行法からして、そういう状態の人間への最終的な抑止力が損得だということは明らかだ。
だから、道徳論だけでやんちゃ坊主を抑止しようなどと思わなくてもいいんじゃないか。
そういうことを、衝動的に違法行為を働いてしまった人々の、特に子どもたちの報道を見るにつけ、つくづく思うのだ。
彼らに必要なのは、道徳のお題目じゃなくて、
「それをしたらどういうコストをどれほど支払わなくてはならないか」
という損得勘定と、それをするための知識なんじゃないか。
もしそれができていたら、子どもたちも、被害者の方々も。



……無事な人生を送れたのかも知れない。


RinRin王国さま、記事の紹介ありがとうございました。
るいんずめもりぃさま、記事の紹介ありがとうございました。
すくみうさま、記事の紹介ありがとうございました。

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非公開コメント

ワンダース天さま、コメントありがとうございました。

こちらこそいつもご覧いただいているようで本当にありがとうございます。

うちのコゾーどもが素直で聡かったらここまでの理屈をこねずともよかったとも思われるのですが、結局のところ道徳と損得とは人間の抑止力における両輪のようなもので、それらがうまく涵養され統合されたときに初めて人は孔子のいう「心の欲する所に従って、矩を超えず」という境地に至ると思われるのです。そしてその統合されたものは内在化された規範としての父親、精神分析でいうスーパーエゴに相当するような、社会規範が内在化された状態であると考えます。そうであるならば子どもが抑圧されない程度にスーパーエゴを養ってやらねばならんのでしょうが、すべからく権威というものを引き下ろしたがるマスコミの存在する今の時代、かなり難しいのではないか、と。かといって太平洋戦争時代に見られたような紙風船的権威主義というものを推奨する気にもなりませんで。

「損得勘定がばれなきゃいーじゃんになっちゃったら、ヤバイかも? 」
その通りです。なれば損得を教える際に、虚偽が露呈した際には普通に悪事が露見するよりももっとひどい目に遭うから総体的にやっぱり損であるということを小さいうちからテッテ的に教え込まねばなりません。さらに「悪いことするとなんか居心地悪い」という良心回路(キカイダーか)を養生できれば上等です。

毎日格闘していて思うのですが、子どもはほんとうにナマモノです。まるでそば職人が毎日気候に合わせて水加減をうまくやるように毎日いい感じで子どもとの時間を過ごせるようになったらいーのになー(願望かよ! )。

「一晩悩みましたが、お目汚しに参りました。 」
そんなに悩まれると恐縮です。とりあえず毎日の格闘から見出したことをよそんちの誰かのお役に立つこともあるかもしれんのうと書いておるのみなので、そんな感じでお付き合いいただければ幸いです。

やんちゃな子どもを指導しようというとき、損得に拠って説くのは浅ましく、道徳に沿って説くのは高尚である、というような、そういう漠然とした先見があるように思われるのです。でも大人を抑止するための法律がそも道徳と損得とで構築されているのだから、もっとがんがん損得を用いてもええんやないかなぁ、と。
このコンテンツを書いた原動力は畢竟それなのです。

では
ネコタ斑猫 拝

alfredさま、コメントありがとうございます。

「まぁ、どこかで損得を踏み越える経験をしとかないと、」
む、これは興味深い。どのような経験の結果そのような結論に至ったのか、差し障りのない範囲で教えていただきたいものです。
親が悲しむはむしろ道徳に入れたいなぁ…ていうか感受性?それが抑止力になったなら、alfredさんっていいなぁ。

では
ネコタ斑猫 拝

損得だけでも足らないかも?

お初に御目文字します、ネコタさん。
普段から、ほほえましいだけじゃないブログを時折読ませていただいてます。忙しいのに毎回ボリュームの有る文章を上げておられて、ネコタさんは努力と意志の人だなぁと感心しています。

ただ、坊ちゃんのような道徳は一応わきまえた子ならありえないと思うのだけど、そのうち損得を押しても難しいかなぁとふと思ったのです。


自分も相手も損することなく、見知らない第三者に向けてやり過ごす場合もある訳で、道徳と損得勘定でもやっぱり限界があるかなぁとは思ったのです。

損得を考えることは好いけれど、そのうち損得勘定がばれなきゃいーじゃんになっちゃったら、ヤバイかも?

いーや、ネコタさんちのお子さんだもん、素直で聡いから、こんなふーなひねた考えはしないとは思います。

最初は、今日も素晴らしいエントリーだなと思ったのだけれど、じわじわと「もったいない」と感じまして、一晩悩みましたが、お目汚しに参りました。

偶々コンクリ片を高速道路に落とすニュースをみたせいでしょう。

私もまた答えが出ない毎日を過ごし、日々精進が足りないなと考えて過ごしています。では失礼いたします。

同感です

意外にいざと言うときに踏みとどまれるのはとっさの損得ですね。

まぁ、どこかで損得を踏み越える経験をしとかないと、
いざと言うときにストップがきかないのが難点ですけど。

「親が悲しむ」とかもある種の損得になるんでしょうか??
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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