育児とは、到底容れられないと思うような相手を容れられるようになるその繰り返しである

未熟な子どもは
大人である親から見て
到底容れられないような行動をとることがある。

自分の子どもでなければ
すぐさま付き合いをやめるだろう
そういう意味での容れられない行動だ。

だが、到底容れられないと思い
ショックを受けながらも
強く叱責し、場合によっては
こちらが涙することで
それはやってはならないことだということを
わかってくれるのなら
それでいい
私が泣くことで
お前がわかってくれるのなら
それでよかったのだ
などと
泣きながらも思っている。

こうやって
以前は容れることなど
思いもしなかったような相手を
容れられるようになる
育児はその繰り返しなのだ。

これからも私は
到底容れられないような子どもの行動に出くわし
ショックを受け
叱責し
涙するだろう。
そうしてそれでも
母親が涙する様を見ることで
子どもが自分の行動の意味を知り
改めることに繋がるのなら
何もかもいいのだと思うだろう。

子どもは馬鹿だが
母親はもっと馬鹿なのだ。
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ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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