今朝方夏目漱石の「こころ」を読了して、読んだ本が四冊目になったことを知らされた。
自分は「こころ」しか読んでいない。さすれば他の三冊を読んだのは第一子のはずである。
一体何の本を読んだのだろう、と探してみる。既読の本は背表紙の色が変わるからすぐにわかる。
新美南吉の「てぶくろをかいに」「ごんぎつね」を読んでいた。
それぞれに
「心温まる」星八つ、「切ない」星十
との感想が付けられていた。
なんだかとても嬉しくなった。
子どもと同じ本をなぞって、子どもと同じ心の道筋を辿って、そうして、子どもがその物語にどのような印象を受けたか、素直なところを知ることができる。
これは紙の本では共有できない宝物のような楽しみだ。
学校で子どもがどんな本を読んでいるか、親にはなかなかわからない。
たとえ自分の知っている本を同じように読んだとして、感想を尋ねたところで
「おもしろかった」
以上の言葉を引き出せるとも思えない。
このDS文学全集では、読了後、感想を
感動的 泣ける 切ない 心温まる 悲しい 怖い 痛快 衝撃的 感慨深い 不思議
の中から選択できるようになっている。
この簡便さが逆に子どもには丁度いいのだ。
自分なぞは
「こんな一言で納まるかァァァァ! 」
とか思うわけだが、子どもがこうして感想を選んでいるのを見ると、
ああ、そうか。
お前はこれを読んで、心温まると思ったのだな。切ないと思ったのだな。
と、一つの物語を読み終わった後にひっそりとしまっておいた心のかけらを見せてもらったような気持になる。
そうやって、子どもが極めて個人的に得た文学体験を、感動を、お互い意図せず共有できるというのが、なんとも不思議でくすぐったいのだ。
一見そっけないようなこのシステムの却って優れた効用に、私はふいに心付いたのである。
さて、もう一冊読んだのはなんだろう。
本棚を見ていくと
葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」
感想「衝撃的」星九つ…ってお母さんが衝撃的だわァァァァ!
なんでプロレタリア文学!!!??? なんでよりによってダウナー文学の代表みたいな「セメント樽の中の手紙」!!!??? 新美南吉のあとにそれってどうなんだ! どうなんだァァァァァ!んで帰って、セメント樽の中の手紙読んだの?、と質した。
読んだ、と答えた。
なんだかおかしくなって、衝撃的だったんだ、と確かめたら、衝撃的だった、と答えた。
ま。
重いは重いけどもこれもまた一つの読書体験だし、いいか、となんとなく納得。
とりあえずソフトを渡し、
「色々読んでごらん。宮澤賢治とかいいよ」
と勧めておいた。
風呂から出て、熱心な背中に
「何読んでるの? 」
と声をかけたところ
「地獄少女」ちょっと待てェェェェェェェ!
それ少女地獄だァァァァァ!
地獄少女ちゃうゥゥゥゥゥ!
小学生は夢野久作禁止ィィィィィ!というわけで、DS文学全集も油断できないことが判明、読み始める前にお母さんに聞いてね、という結論に至ったのである。
それにしてもセレクトが別の意味で的確すぎる。ネタか。ネタのつもりなのか。
DS文学全集
nni's blogさま、記事の紹介ありがとうございました。
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