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ナチュラルに視点を変えること

第二子が勉強途中に号泣しだした。
繰り下がりのある引き算が苦手なのはあるが、それ以前に異常にテンションが低い。
質してみると、所属しているサッカーチームの子どもたちに以前オウンゴールしてしまったことを日々からかわれひやかされはやされているらしく、
「もう学校いきたくない」
「サッカーもやめたい」
とウルトラネガティブモードに突入中の様子。

とりあえず知り合いのお母さんに状況を相談し、もしそういう場面を見かけたらお子さんにとめていただくようお願いしたのだが。

第二子のネガティブはとまらんわけで。
あいつらが悪口やめるわけない、とか、あいつらは嫌なこというのが楽しいんだ、とかぐだぐだぐだぐだ続けるもんだから、とうとう切れてみることにした。

「お前な、お母さんをなめるな。大人をなめるな。
お母さんは絶対にその子達に誰かをからかったり人が嫌がってることを言うのをやめさせるぞ。
それはお前のためだけじゃない。
その子達のためもあるんだ。
だって嫌なことを言ってそれが楽しい子なんて、だめじゃないか。
人の嫌なことを言うのが楽しいっていう感覚を持っている子には、問題があるじゃないか。
そんな子は誰も幸せにしないじゃないか。
嫌われちゃうじゃないか。
現にお前はその子のせいで嫌な気持になって、その子が嫌いになってるだろ?
次に別の子に同じように嫌なこといったとして、そしたらその子に嫌われちゃうだろ?
そんなのって、誰も幸せじゃないじゃないか。
だからお母さんは、その子達のために、それをやめさせたいんだ。
だってその子達はサッカーで折角知り合った大切なお前の友達だから。
お前の友達だから、いい子であってほしいんだ。
誰かの悪口を言うのが楽しい子のままでいて欲しくないんだ。
わかったか。
お母さんが、その子達が嫌がるこというのをやめさせたいと思ったのは、お前のためだけじゃないんだよ! 」

こう説いたら、第二子の顔から極度の閉塞感は失せ、いつものしょげているときの表情に戻った。

その子達のやっていることがただのからかいや悪乗りのレベル或いはそこからほんの少しだけ行き過ぎたレベルであるのは想定できる。
だが、いやだといっている相手にしつこくするのは、余りよろしくない。
といって真正面からあいつらは敵だとやらかしたところで、実りある結末は見込めない。
相手のためにならないからやめさせるんだ、と問題点をずらすことで、彼らのせいで自分はがとても不幸になっている、という偏り塞がれた多対一の構図から、彼ら個々の事情や心のあり方へと焦点が遷移し、結果少しは目先が明るくなるはずだ。
さらにこの意図的な焦点の遷移を事前に行っておれば
僕が我慢しさえすればいいんだ
という子ども論理による問題解決の放棄を未然に防ぐことができる。
自分が我慢することが解決ではない、その子がそういうことを楽しみにしないようになれば、今の自分だけじゃない、将来の誰かやほかならぬその子自身も助かることになる。
そのように問題を展開し子どもと共有しておくことで、自分が我慢して問題のない振りをすることが解決ではなく、その子達が人が嫌がることをやめるようになり、そのことを楽しいことだと思わないようになることこそが解決なのだと思ってくれるだろうからだ。

嫌なことをいう相手を敵に仕立てるのはたやすいことだ。
だが、そういう相手とも折り合っていくための考え方を今から身につけておくのは悪くない。
そして焦点の遷移や問題の展開は塞がれたように思われる状態を鳥瞰するのに非常に有効だ。
こちとらオトナだもの、子どもと一緒の目線になるより、そういうことを教え導きその上で共に解決していかなきゃあ、かっこ悪くて仕方がない。
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ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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