ネコタ斑猫、とあるピザ屋にて塩とオリーブオイルの美味さを知ること@PIZZERIA BAR HENRY

美味い美味いと巷間で言われていても、手前にはまだわからぬ美味さというのがある。その食材を口にしたことがないわけではない。既知であるのに未知の美味さとでもいおうか。
自分にとってはオリーブオイルがそれであった。
オリーブオイルはイタリア人らにとっては日本人の醤油に相当する筆頭の調味料であるという。変哲ない庶民派でありながら拘ろうと思い立てばどこまでも追究してゆけるというあたりも同等である。が、私はオリーブオイルの美味さというものを感受することがなかった。自分にとってオリーブオイルは他の食用油と同じ「炒める際の焦げ付き予防と風味付け、またあえる事で食材の味を丸くする」というほどの役割を持った、いわば脇役いっそ裏方に過ぎなかったのである。

先日PIZZERIA BAR HENRYという店を見つけた。神田駅東口から中央通右手歩道を三越に向かって歩き、オフィスデポの手前の小路を入ったところにある小体。メインはスツール付のカウンタ、おまけで立ち飲みカウンタと手狭なテーブルがあるのみである。
さてこちらの店、目印となる看板のメニューがいかにも曲者であった。
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定番中の定番マルガリータをメインに持ってきたのは理解できる。が、たった三種のメニューのサブが「ブラッチョ ディ フェッロ」「ビアンカネーヴェ」という日本で余りなじみのない品であるというのはどうなのか。仕立てを見ればその味を大体は予測できるとはいえ、ランチならつい「無難な」メニューを用意してしまうのが通例ではないか。だがシェフはそうしなかった。そこにそのメニューの美味さへの遠慮会釈ない自信と迷いなき提案、そして何よりもピッツァに対する偏愛とを見て取ったのである。
またサブメニューが、グリーンサラダ、ズッパ・ポルポ、若鶏のグリルとセロリのマリネから選べるというのも面白い。前菜、サラダ、スープ、それぞれ一種類ずつとはいえ好きに組むことで自前のプチコースが仕上がるわけである。さらにドリンクにクランベリージュースが入っているのにも感心した。美味さを提案する際の遠慮会釈のなさがすばらしい。

若鶏のグリルとセロリのマリネ、ビアンカネーヴェ、クランベリーを所望した。

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若鶏のグリルとセロリのマリネ。
写真が余りよろしくなくて申し訳ないのだが、セロリと人参とは実に美味い塩漬け、若鶏は皮のパリッとしたグリル、ぐるりの水玉はバルサミコソースである。セロリの塩漬けがあんなに美味いとは思わなんだ。

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ビアンカネーヴェ。

カウンタ奥に座るとシェフの仕事場が目の前なので調理の様子を仔細に拝見することができる。見ているとアルミの函に入った丸い生地を取り出し円く伸ばし調味料二種ばかりふりかけロースハムとチーズを並べハーブを載せた。そして最後にオリーブオイルを回しかけ塩を高みから降りかける。仕上がったピッツァはピザターナーで石釜の中に。入れる前から薪を選び神妙に火加減を調整していたシェフ、ピッツァの入った今はいよいよ心を研ぎ澄ませあれこれと窯の世話をしてやっている。

食した。

愕然とした。

オリーブオイルと塩というものは、こんなにも味わい深く美味いものであったのか、と。

なんといってよいのかわからない。だが、芯強く味わいの深い鹹味、立ち上がるように鮮烈で複雑なオリーブオイルの香りの豊かさ、こんなのは生まれて初めてだった。
主役だった。
あれほど精妙に仕立てられた食材の取り合わせ、だがしかしそれらはすばらしい脇役あるいはいっそ舞台芸術に過ぎなかった。ここでの主役はオリーブオイルと塩だ。ピッツァはその美味さを最大限引き出すための踏み台に過ぎない。
そんな恐ろしい印象を受けながら慄然とピッツァを食んだ。
こんなのは失礼ではないか。元来主役はピッツァであるべきだ。その上のチーズでありロースハムでありはたまたハーブであるべきだ。そして当然ピッツァそのものもそれに足る香ばしくも芳醇な美味さを備えていた。それなのにたかが塩とオリーブオイルこそが最も美味いなどと覚えてしまうのはどうなんだ。
承知している。だが、そう覚えてしまったのだから仕方がない。

オリーブオイルと塩の銘柄を尋ねようかと思ったがやめた。
この鮮烈は、この店のこのピッツァがあってこそであるかも知れないからだ。
味をなぞりたければまた来ればいい。
ここにはあのオリーブオイルと塩とが常にあるのだから。

そんなような、後ろめたくも輝かしい味覚上の発見を胸に、私はその店を後にしたのである。

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クランベリージュース。
溌剌とした少女のように甘酸っぱい。

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薪釜。

PIZZERIA BAR HENRY
営業時間 ランチ 11:30~14:00 ディナー・バータイム 5:00~12:00


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ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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