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かぎをなくしたときのこと。

過日、鍵を失くした。
いつもの酒場でいつもと同じように過度に酩酊、こら危ないと自転車置いて歩いて帰って翌朝みたら腰のカラビナから鍵が落ちている。
とにかく仕事いかにゃいかんので歩いて駅までゆき、そういやぁ酒場を出る時既にカラビナから鍵が落ちていたように思い出し、帰りがけに酒場に寄った。
そこでお客さん全員巻き込んで探したが見つからず。
で諦めて帰ろうと自分ちに電話したが今度は子どもが出ない。
出ないということは出かけているか寝ているかであって、いずれにしても奴が居ない限り鍵なし子の自分は入れない。
おまけに電話の充電はあと一本という心許なさ。

諦めて酒場でビバーク、いっそと楽しく呑んでおったらば、実に十一時くらいになって子どもから電話がかかってきた。
小躍りし、店の全員にお礼とお詫びを申し上げ、慌てて帰って食事の支度をしたわけだが。

後日この件をそのとき一緒に探してくれた常連さんに話したところ、「えらいじゃん息子、俺だったらどうせ呑んだくれてるんだろうと思って電話しないね」

そこで思い至った。
あいつは、このクソ飲んだくれのおかんが、屹度帰ってきて、自分にご飯を食べさせてくれると信じているのだ。
だから帰ってこないことを不審がって電話を寄越してきたのだ。
あんなに憎まれ口を叩いていても、心の芯の奥の奥では、一応私はあいつにとって確かに母親であり、最後の寄る辺なのだ。

バカだなぁ。
私も、お前も。

そういやぁお前言ってたなぁ。
お母さんのご飯、好きなんだ、って。

というわけで、息子ツンデレの真髄を人に教えられたおかんでありました。

あー、んでいいづらいんですが、鍵、マンションのイリクチに落っこってたらしく、次の日掲示板にかかっていましたとさ。
すんません。
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君なんか写真と違わない?

理想
kumagawa3.jpg

現実
kumagawa1.jpg

AIIB推進してたのはどこのバカだ

戦犯扱いしてやりてぇ
麻生さんのおかげで被害なかったけどな
んでもって乗っちゃったヨーロッパ諸国はどんな面してんのか見たいのに報道されませんねほんとうにありがとうございました

お蔵出し 百物語第一夜其の六十七 おっぱいがいっぱい

 おっぱい。
 何と素敵な響きであろうか。
 人には堂々と明かせないのだが、わたしはおっぱいが大好きなのだ。わかるだろう? 水代君。おっぱい、おっぱい。ああなんと素晴らしいその響き。あのまろく充実した温かい膨らみそのままではないか。おっぱい。その言葉は即ち幸いだ。心に仄かな甘さと満足とをもたらしてくれる素晴らしいあれ、あの美しい受容と惜しみの無い抱擁のような、そう、それは乳房などとあぢきなく呼ばれるべきではない、おっぱい、とにかくおっぱいなのだ。母性の象徴などというつまらないものではない、育児のための器官などというああそんな不躾な風にそれを見なしてはならない! おっぱいはおっぱいなのだ。それが全てであり、それだけなのだ。
 断っておくがわたしはおっぱいが好きなのであって、おっぱいのついた女体に関心が在るわけではない。むしろ女体は邪魔だ。私にとっては女体ではなくおっぱいなのだ。まろい、優しいお椀状の、神々しく、柔らかく、そのくせしなやかな弾力のある、永遠なるおっぱい。女体抜きでおっぱいを愛でることができればどんなにいいだろう。
 長い間、わたしはそう思い続けてきたのだ。
 
 それでだな水代君、何を隠そう私はおっぱいを所有しているのだ。純然たる、単品のおっぱいだ。女体抜きのやつだ。いやいや猟奇ではない。殺人でもない。摘出でもない。ほら見たまえ、このお茶缶の中に生えているのだ。
 そう、おっぱいを驚かさないように、ゆっくり開けてくれたまえ。
 底に白いおっぱいが休んでいるだろう。そう、これが私のおっぱいだ。触ってみたまえ、そうっとな。乳首はダメだぞ、敏感だからおっぱいが驚いてしまう。そら温かいだろう。周りに青い血管も透いているだろう。いかにも愛らしいおっぱいだがこれで乳首の周りに毛がはえたりするから私が手入れしてやっているのだ。おっとこんなことを明かしたらおっぱいが恥ずかしがるだろうか。
 どうやって手に入れたかって?
 君江の島を知っているかね。若者向けの歌手なんかが歌っているようなあれだ。夏にはいかにも人気そうだが最近ではそうでもないのだ実際のところ。ともかく若向けの夏のイメージで売っているところだ。あすこには江の島神社がある。江の島神社といえば君、裸弁天だ。若い頃のわたしはあの弁天様に恋をしたのだ。もちろんおっぱいだ。
 あのおっぱいは比するところのないおっぱいだ。なんというか、私の理想のおっぱいだったのだ。白くて、まろくて、美しくて、いかにも充実していて君みたことないなら一度は見ておかねばならないぞ。実際初めてだったのだ。女体込みでおっぱいに魅力を覚えたのは。これまでわたしは様々なおっぱいを見物してきたのだがどんなに素晴らしく理想的なおっぱいであってもそれが肋骨のある背骨のある四肢のある頭のある目玉のある侮蔑のある女体についている限りたちまち具合悪くなってしまったものだった。それが初めてだ、あの裸弁天を見た途端、私はおっぱい込みの全てを女体の女神の全体を受け入れる気持ちになったのだ。私にとってあの裸弁天はおっぱいの化身だった。純然たる理想のおっぱいにふさわしい肉と体と骨格とそうして面相がついて裸弁天になったそのようなものだった。私は余りに恋して眩暈して熱を出した、熱を上げるというのが比喩でないことを生まれて初めて実感したのだよ君。そうしてもう帰るのが嫌になってしまって、弁天堂の側で一夜を過ごしたのだ。そうしてそのまま一週間を過ごしてしまった。ただおっぱいがおっぱいのついた裸弁天が弁天様がこの女神が愛しくて恋しくて慕わしくて情熱が溢れて仕方なくてそこに居続けてしまったのだ。そうしたら君一週間した明け方私が草を枕にうとうとしていると東の空がいつになく早く明るくなり弁天堂から妙なる音楽と妙なる香りが聞こえてきたのだ。私が不審に思いながら起き上がるとそこに弁天様がおいでだった。いや弁天堂のいつもの場所に座っておいでだったのだがその前の木の造作がすっかり透けてお姿が綺麗に見えていたのだな。そうして弁天様は私に向かってこんなことをおっしゃった。曰く、私の慕う気持ちが余りに強いので私の心が動きました、それほど乳房を好むならあなたに私の乳房を授けましょう、と。わたしはいたたまれずに、おっぱいです、乳房ではなく、おっぱいです、と叫んだ。私にとっては弁天様は断じて乳房の化身ではなく、おっぱい、おっぱいの化身だったからだ。弁天様は少し頬を赤らめると、おっぱい、と小さくおっしゃった。ああそれが私の生涯で一番の至福の時だった。そうして弁天様は微笑むと立ち上がり、私をその肌に抱き寄せてくださったのだ! 思ったとおりのおっぱいだった、滑らかで、匂やかで、甘いにおいがして、優しく充実して柔らかく、重力になどついぞ負けそうにない、わが理想のおっぱい!
 陶然となっているうちにあたりは明るくなった。もう弁天堂はもとにもどっていた。見回す私の目の前にこのお茶缶があった。導かれるように蓋を開けると、
 其の中におっぱいが静かに恥らうように住んでいたのだ。
 以来わたしはこのおっぱいと添うているのだ。他に何も必要ないというこの心持は、君ならわかるだろう。他の誰ともこのような思いを共有できるとは思わなんだ。だがおっぱい! 君に出会いこうして私の長年の秘密の嗜好を語り合うことが出来て本当に嬉しいのだよ。

 一息に喋り終えて、老人は世にも満足なため息をついた。
 水代は茶缶の中に目を落としたまま微塵も動かなかった。
 水代は思った。私はこの老人が、田沢老人が妬ましい。こんなコンパクトで実用的なおっぱいを所有しているだなんて! 
 だが断っておく。私はおっぱいフェチではない。むしろ母乳フェチである。
 私には年の離れた弟が居た。弟が母のおっぱいを飲む光景をいつも見ていた。ふくふくとふくらんだ乳房と乳輪は大きく、それは少し私を恐れさせた。だがそんなおそれよりも、至福を飲み干しているといいたげな弟が妬ましかった。わたしは時々母の肩をもんでやるふりをして背中に回りこぼれるような乳房と頬満たしてしゃぶりつく弟の顔とを交互に眺めた。母の乳の出は非常によく時折弟はむせて咳き込んだ。そんなとき弟は口を離し、あらわになった乳首から幾筋かの母乳が吹き上がりしぶきのように弟の顔に降りかかる。その眺めは私を圧倒した。羨ましかった。私も母の乳房に口を付けて乳を飲みたかった。赤ちゃんじゃなければ美味しいものじゃないわよ、母は羨ましそうな私を笑って窘めた。だが私には、それは甘露やマナに匹敵する此の世ならぬ素晴らしい風味のものであるという無闇な信仰を打ち消すことができなかった。
 わたしは田沢老人のような純正の変態ではないので、ちゃんと結婚もした。まぁ白状すると半分くらいは母乳目当ての結婚だ。私は道徳的な心性なので母乳のために女を買うなどという浅ましい真似はしたくなかった。それで結婚し、愛し、子供を授かったところで心から愛しんで妻を抱くことにしたのだ。
 おっぱいの出がよくないのよ、と言われて、私は喜んで吸ったものだ。甲斐あって乳は少しずつ出始めた。舌先にうす甘い液体が滲む。血のような、鉄臭さもあった。乳は血から作られるのだという。これが赤子を一年余り育む命の液体なのか、私は満たされていた。
 それから何度も、私は妻を愛した。産後すぐは痛むというので、私は暫く指と唇とで妻の体を慈しんだ。私しか男を知らぬ妻にとってはその方が余程達しやすかったのだ。妻が達すると乳房がしこり乳首が尖りそうして白い液体が乳首の先にぽつりと点ると滲み溢れしまいには噴水のように弧を描いて噴出する。その様が命の横溢と見えて美しく途方も無く、私は、愛しかった。
 どんな理想のどんな美しさの前にも現実は横たわり終わりをもたらす。私と妻との堪らぬ蜜月は子の離乳と共に終わりを告げ、そして経済的事情は私たちに二人の子供しか許さなかった。それはそれでいいのだが、妻も子も相変わらず愛しいのだが、それでも、私は母乳の、あの神秘の液体の、味わいの、温かさの、仄かな甘さの、鉄っぽさの、水っぽい薄さの、思いも寄らぬ噴出の力強さの、あれを、忘れることはできなかったのだ。
 私はこの老人を、田沢老人を、ほんとうのところ軽蔑している。あれは純粋の変態だ。いい年をして女も愛せぬままに至った乳房フェチだ。だが私は彼の持っている乳房、独立した乳房の秘密のにおいをかぎつけ、親交を持ったのだ。私の目的は単純だ。私はただ、不義を働かず、いつでもあの甘さを自分のものにするための道具が欲しかっただけなのだ。
 茶缶の中にぴったり納まっている丁度よい乳房。もしそれが母乳を分泌するものであったならば、私にこそそれは必要なのだ。田沢老人は乳房の形しか愛でていない、外形しか、触感しか、見かけしか愛でていない。乳房には機能がある。命を養う液体、母乳を、乳を、分泌するというかけがえのない機能が。
 (かたちだけ愛するなんて、そんなの乳房に失礼じゃないか)
 
 水代は田沢を何とか言いくるめて乳房から乳を搾り出せないか、算段していた。だが搾乳を施すにはこの乳房は余りにも可憐で愛らしかった。乙女を犯すようなものじゃないか、水代は困惑した。
 (やはり母乳は吸ってやるのが肝心だ)
 妻との交渉で、乳が出るようにするその吸い方には自信があった。だがこの乳房に分泌の用意がなければ意味がない。弁天は処女ではあるまい。だが経産婦であるのか。育児中であるのか。授乳中であるのか。どれも違うように思われたが、
 (だが相手は女神だ。やってみなければわかるまい)
 水代はそう思った。

 (そうだ、乳房を茶缶の底からはがせばよいのだ)
 思いついた水代は、やおら茶缶を掴むとトイレに駆け込んだ。田沢老人は青ざめ追いかけた。水代はそのまま鍵をかける。動転している田沢老人は何をどうすべきか混乱してひたすらに愛しい乳房の無事を案じて扉を叩き続けていた。トイレの中で水代は汗をびっしょり掻きながら乳房を茶缶の底から静かにはがそうとしていた。
 「おっぱい! わたしのおっぱい!」
 (煩いなぁ)
 水代は茶缶に手を突っ込み乳房を摘むとじりじりと力をかけた。剥がれろ、剥がれろと念じている内にそれは張り付いた餅のような具合に吸着力のある剥がれ方をした。水代は思わずそれを掌に載せてみた。全く和菓子のような愛らしさだ。温もりと湿り気が生を証している。呼吸しているのだろうか? 水代は思わずほお擦りした。それから鴇色の乳首をそっと口に含んだ。
 妻相手に習い覚えたように、水代は舌先を丸め、乳房のまろみを扱くようにしながら律動を持って吸い上げた。口腔内で拉げたようになったそれは、無体なもてなしを暫くこらえた後、とうとう僅かな液体を零れさせた。瞬間水代の体が震えた。心の臓に砲撃を打ち込まれたような、甘い衝撃。
 母に見たように、妻に味わったように、じき乳首はいくつも備わっている乳腺から幾筋もの乳を溢れさせた。水代は暫くの間喉を鳴らして飲んでいたが、程なく大量にむせかえり唇を離し咳き込んだ。喉から鼻に溢れた乳は甘く温かく馴染みやすくしかしやはり苦しさを覚えさせた。目頭からも白い滴を溢れさせながら水代は立ち上がった。乳房は彼の手から落ちたがなおも相当の勢いで乳を噴出し続けていた。それは狭い小部屋にたちまち溢れ扉を破った。扉の前で頑張っていた田沢老人は扉に打たれて倒れたがなおもおっぱいおっぱいと叫び続けた。真っ白な奔流が部屋を蹂躙し、二人の男は母乳に溺れた。それは赤子の頃のような、母の乳首を片手でまさぐりながら吸い付いていた折のような、その最中に勢いに負けてむせたような、甘く狂おしい苦しさだった。二人はあちこち翻弄され、流れの中で、まるで体の隅々まで親和性のある母乳に洗われたような、新鮮な曖昧さを味わっていた。

 水代が目を覚ましたとき、部屋には濡れた跡一つなく。田沢老人は茶缶をいとしそうに撫でていた。茶缶の中には素知らぬ顔の乳房が前と変わらず収まっていた。水代は流石に心から非礼を詫びた。だが田沢老人はともかく乳房が帰ってきたのだからと淡々と答えた。水代は田沢に頼んでもう一度乳房を少し撫でると、家を辞した。
 (ああ、もう一生分の乳を飲んだような気がする)
 内心で呟いた。ゲップが、乳臭かった。

気をつけていたのに!

足元に飛び込んできたセミをかかとでほんのり踏んじまいましたよ!
こう、海老の殻を誤って甘咬みするような感じのやんわりとした「く…っしゃり! 」って感じの音がしましたよ!
すぐ気がついて足上げたけど暫時足動かした後動かなくなりましたよ!

ああ、あすこできっちり踏んでトドメをさしてやるにも至らず、といってすぐ踏まれそうな自転車置き場から遺体を土に還れるところに動かしてやりもせず…。
自分はなんというか、ほんとうの意味での意気地なしでよろしくない。

この悪行で昨日のゴマダラ善行が更地になったような気が致します。

ああでもそれ以外にも業が深いから仕方がないか。

粗雑な誘い文句

俺とロマンスしない? というような粗雑な誘い方はしないでいただきたい。
あなたが広瀬香美さんだったら考えてやらなくもない。
そもそもロマンスという言葉が明らかに相応しくないワイシャツ黒パンすっぴんにロマンスしないと誘うのはどうだ。
一緒にカミキリムシとりにいこうよのほうがまだええわ。

というわけで昨日うちのマンションの三階階段の踊り場で行き倒れてたゴマダラカミキリを救出、野に放ちました。
この小さい善行で仏様に糸を垂らしてもらえたらいいと思うの。

お蔵出し 百物語第二夜其の九十 パンチラISM 、または僕がいかにしてパンチラのみを愛しパンモロを嫌悪するようになったかについて

 今回の出来事を明かすにあたって、パンチラの表記法に迷った。
 パンチラかぱんちらかはたまたパンちらか。
 グーグル先生に聞いてみたところ、パンチラ>ぱんちら>パンちらであったため、パンチラの表記を採用した。
 
 パンチラ。
 僕はパンチラが好きだ。誰だって好きだろう。しかし何故好きかと問われれば答えに窮する。
 何故パンチラなのか。それはたかがパンツではないか。布切れではないか。繊維ではないか。どうせなら先を望め。男子たるもの真の目標はヴァギナであろう。そうであれば、パンチラよりもマンチラ(リアルにそういうものにお目にかかる機会があるかどうかはともかくとして)を志向すべきではないのか。
 否。
 自分はマンチラに萎える自信がある。赤貝のようなアレにふい打たれたらたとえその持ち主がどんなに美しくどんなに清楚なお嬢さんであったとしても屠殺される山羊のような表情でがっくりと膝を着く自信がある。なぜか。別にヴァギナが嫌いとかそういうわけではない。大体ヴァギナは好き嫌いの対象ではなかろう。あれは本能的な需要を呼び覚ますだけで、心のイコン、あくがれの的になるようなものではない。
 やはりグロテスクだからだろうか。はみ出した内臓そのものであるからだろうか。
 いやそんなことを言えば自分のペニスだって相当グロテスクなものだ。全身わりと慎重に滑らかにこしらえてあるにも拘わらず、何故両性とも生殖器はこんなグロテスクな作りなのか、進化の神様に問いただしたい。しょーがんないんだろうが、何か違う。
 パンチラ。
 パンチラは神である。女神の光臨であり、幸いの不意打ちである。マンチラはありがたみが生々しいのにパンチラは見たものの精神を高みに押しやるほどの幸福力を孕んでいる。極度の守備範囲外はともかくとして、自分の好みのタイプの女性のスカートが突然風にあおられ、その奥の清楚なる布きれが一瞬、ほんの一瞬視野に閃き…そしてたちまちの内に再びスカートの帳の向こうに隠れてしまった、そんな場面を想像して欲しい。それはいったいどんな喜びだろうか。自分の運のよさを誇り、神に感謝せずにおれるだろうか。一瞬であるということが大事なのだ。それは閃きであり、そして刹那であらねばならない。パンチラの本質は儚さであらねばならない。夏の夜空の花火よりなおその命は短く、それゆえにいつまでも見たものの心に残る、そのようなものであらねばならない。
 畢竟パンモロは邪道である。
 たとえそれが当の女性の意図しないところであっても、パンツが見えっぱなし、露出しっぱなしというのは僥倖よりもむしろ不憫を覚える。あまつさえ女性自身がパンツの見えていることを承知しているなぞ言語道断あってはならない事態だ。男子が目を離せなくなっているのをいいことに蔑んだりまたは何か採算的な理由でパンモロの状態を継続したりそういう仕事が男子をいったいどれだけ落胆させ幻滅させしまいには当の女性に侮蔑を向けさせてきただろう。そんなあからさまな真実に何故女性は思い至らないか。確かにパンモロの女性は衆目を集めるであろう。だがそこには恋慕も憧憬もときめきもない。そこにあるのはただそんなことをしてのける女性への呆気と好奇と憐憫のみだ。そんなことをして男子の目を集めたいのか、そんなことまでしてお前は見られる対象でありたいのか。
 にもかかわらず世にはパンチラとパンモロとを混同し、例えば女子高生がしゃがみこんでそのまたぐらの布切れが無防備に露出されているそれをいかにも正当なパンチラであるかのように言い立てて手柄と思っている輩がいる。
 否! それはパンチラではない! 途方もなく稀有な千載一遇ではない! それはそこにただ出っ放しになっているじゃあないか!
 そういうのはただの露悪というのだよ、君。
 永続するパンチラなどパンチラではない。大体言葉にもそぐわない。大切なのはパンのみでなくまたチラなのだ。あくまでも注意深く隠されているものが、秘匿すべきものが、思いもよらぬ契機で露呈されてしまった、しかしそれは極めて貴重であるからすぐに再び隠されなくてはならない、そういうものなのだ。そしてまたそのように男子に追認させてくれる含羞の女性こそがパンチラの価値を高めるのだ。そんな、パンツが露出していようがしていまいが気に留めないような、ナイロンザイルのように雑な神経の女性に含羞は演出できまいよ。
 しかして結局パンチラのマンチラに対する絶対優位の所以は何であろうか。同じチラであるならば、より核心に近いマンチラをむしろ人は尊重し憧憬すべきなのではないか…それが極めてまれな、否たとえ現実にはほぼ起こりえない事態であったとしても。
 それでも思考実験をすればマンチラよりパンチラの方に軍配が上がる。
 
 羞恥の延長最後の一枚であるからパンツはヴァギナより上なのだ。
 僕はふいに思い至った。
 パンツは外だ。社会との接点だ。パンツを脱ぐのは私的空間においてのみ、公的空間ではパンツは必需だ。
 パンツはわきまえている。パンツは馴れ合っていない。パンツは最後の規律だ。最終局面に控える理性だ。パンツこそ社会性であり、それはたった一枚の薄い布切れでありながら尤も私的な肉体の部分を守っている。
 そのぎりぎりの危うさが結局パンツの本質であり、またパンチラの魅力を高める要因なのだ。ほんの何ミリの薄さの表と裏。私と公との分水嶺。あんな小さな布切れが、なんという大役を担っていることだろうか!
 その可憐さが、そのいじらしさが、その健気さこそが、パンチラとマンチラとの天地ほどの格差を担っているのである。


 そんなパンチラ主義者である僕に友人が誘いをかけてきた。あたかも鬼の首取ったが如くに
 「お前、パンチラパーク知ってるか? パンチラパークいこうぜ! 」
と。
 僕を誰だと思っているんだ、といやな笑いをしてみた。そんなもの周知で、そして無価値だと思っている。
 いかにも素人好みだ。聞くところによるとパンチラパークはさまざまなシチュエーションにさまざまなジャンルの女の子がたたずみまた歩きその過程で非常に頻繁にパンチラが演じられるのだという。女の子たちは恥らうときもあれば平気なときもある。無意識のパンチラにぐっと来る客も不覚のパンチラにぐっと来る客もいるためだ。もちろんパンモロが好きなお客のために露出しっぱなしのこともあるという。一時間なんぼの入場料制、女の子によっては客の持ち込みパンツ(新品に限る)をはいた上でパンチラを拝ませてくれることもあり、またそのパンツを返却するサービスもあるという。
 もちろん有償のオプションサービスだが。

 生粋のパンチラファンにとって演出されたパンチラは邪道である。、
 パンチラとはあくまでも不慮でなくてはならず、またパンチラ者がパンチラに対して強い羞恥を持ち続けておらねばならない。そうでこそパンチラは宝石のように希少な現象となる。
 兌換可能になったパンチラに何の価値があろうか。
 パンチラは金銭に換えられぬ可能性であり希望でなくてはならない。不意打ちであり偶然でなくてはならない。
 そんなこと、他の誰よりも僕自身が承知している自信がある。
 にもかかわらず。
 僕は結局そこに足を踏み入れることになってしまったのである。
 何しろ友人は
 「お前のためにチケットを手に入れたんだぜ」
 などというのだ。パンチラパーク、思いのほか人気で入場予約が一月待ちなのだという。どこの高級レストランだ。
 またパンチラパークは女の子の質が高いことで有名らしい。
 基本がパンチラということで、女の子たちの心理的ハードルが低い。勤務時間も比較的自由、その癖バイトとしては割りがいい。結果、風俗の垢のついていない女の子たちがこぞって面接に来るようになり、売り手市場なんだそうだ。
 
 それを知って、正直、ちょっと興味をそそられた。

 まあ素人の粗雑なパンモロに比べたら演出されたセミプロの(しかしあくまでも中身は限りなく素人…であってほしいなー)良質のパンチラの方がはるかに上だろう。天然モノのパンチラにこだわる自分でもそのくらいはわかる。えさに気を遣った養殖物のほうがヘドロの海で育った天然モノより美味いのは道理だ。もちろん最上は美しい天然の海で育った天然のうなぎだろうけれども。
 いや、うなぎの話じゃあないな。

 というわけで、折角の友人の誘いでもあり、それに応じて改めて調べたり話を聞いているうちにわりとその気になったので、僕たちは次の火曜仕事帰りにパンチラパークにゆくことにした。

 パンチラパークはとある風俗王の建てたショッピングモールにあった。
 のっけから攻撃を受けた。受付嬢の良質パンチラである。
 受付嬢は膝をきちんとそろえ足を斜めに流している。が、制服がミニのタイトスカートなので、隙間から魅惑の三角地帯が覗けそうだ。常において、電車の向かい側、ニュースのアナウンサー、そして机の下から見た同僚のその部分は謎めいた闇につながっている。そうしてその無限回廊のごとくか細い闇に気づいてしまうと、男はそこに実に70パーセントほどの意識を奪われてしまい、三角地帯が消滅するか自身が立ち去るまでの間、終始いかにも不審な挙動を披露し続ける羽目になってしまうのだ。今まさに自身が陥っているがごとくに。
 受付嬢は、きわめて冷静な、僕のまなざしを知らぬごとき振る舞いで招待券を確認した後、
 「どうぞ 」
 と僕の目を覗き込むように微笑んだ。
 そのまなざしを見て、僕は、彼女が僕の視線のすべてを承知していたことと、それが許される場所であるということを実感したのである。

 パンチラパーク。
 白状しよう。舐めていた、パンチラパーク。ここまでやってくれる場所だとは思わなかった。ありがとうパンチラパーク。
 というわけで概要を説明しよう。
 シチュエーションは基本的に公共の場である。なぜならパンチラとは公共の場においてたしなむべきものだからだ。プライベートな場面でのパンチラは、身内のパンチラだったり彼女のパンチラだったりしてパンチラ度が低い。なんというのか、ここでも先に述べたパンチラの社会性がかかわってくるわけだ。そもそも隙の許されるプライベート空間とは異なる緊張の場、公共の空間においてこそパンチラの価値は高まるのである。
 学校、会社、公園、路上、駅レストラン、病院、…我々が「ここでこそパンチラを拝みたい、ひらめきゆれる布の奥襞かき分けて輝く白に巡り合いたい」と思うようなシチュエーションが余すところなく網羅されている。お前俺? といいたくなるほどに見事なセレクトだが、まぁおそらく男性の好みの最大公約数なんてこんなものなんだろう。学校(教室と校庭を模した小さな空き地につながる階段が設置されている)ではロリフェイスの少女たちが短いスカートをひらひらさせながらおしゃべりしたりごくたまにスカートのめくりっこをしたりしている。時々強い風が急に吹いてきてひらりとめくれ上がったりそれを慌てて押さえたり。 
 駅ではやはり制服の少女が例のごとくぎりぎりの短いスカートの後ろをわざわざかばんで隠したり手で押さえたりしながら上っている。が、ガードが固いようでありながら急に思い出したようにかばんの中を探り出すその垣間見! そう、このシチュエーションだ! どうしてあんなに短いスカートをはいておりながらこうもガードが固いのだ! といつも不満に思っていた。ちょっとぐらい隙を見せてくれたっていいじゃないか!
 それに対する答えがこのパンチラパークだ。
 最初から押さえもしないで階段を上って行けばリアリティがない。押さえているところにふいに生まれるわずかな隙、意識が背後から鞄に移るその瞬間の無防備さ、それこそがパンチラの醍醐味なのだ。
 他、レストランでのアンミラ風ミニスカの女の子が落としたものを屈んで取るときのあののびやかなかかとふくらはぎひかがみ太ももに連なるまばゆいパンチラ! はたまたテーブルを拭くために乗り出したときの無防備! 保健室の先生のやけにミニなタイトスカートの足の組み換え、しゃがみこんでいる少女の股間(これはパンモロに相当するが折角の機会なので無遠慮に見つめさせてもらったところぱっと隠して頬を染めたその絶妙な演技指導に僕はやられた)、電車の向かいの緩い股間、プリクラのカーテンの下から覗けるはみ出したようなパンチラ、ペット愛撫する少女のパンチラ、スリット入りロングスカートの計画されたパンチラ、フレアスカートは風にあおられ、ロングスカートも風にあおられ、公園ではブランコに乗りまた滑り台をしまくれあがってそれを羞恥し、ああ、ああ、右見てもパンチラ左見てもパンチラ!

 実は入場券だけでは全てのパンチラシチュエーションを拝むことはできなかった。自由なのは路上など公共の施設だけで、学校や病院、保健室や喫茶店などに入るには別料金が必要だったのだ。まあ喫茶店はメニューを注文すればそれで足りたが。しかしそんな別料金がまったく気にならないほどのパンチラの自然さだった。この程度のパンチラなら運がよければ結構拝めるものだ、という者もいるかも知れない。だがそんなことをいう輩はわかっていない。確かにパンチラチャンスは春先などには大いに増大する。だが、そのパンチラを無遠慮に凝視しても相手の女の子から侮蔑されることなくただ「えっち」という言葉やら羞恥やらのみを返されるなどという状況が現実にありうるだろうか? ある。パンチラパークのパンチラは安全だ。保障されたパンチラだ。この点で、ただパンチラの提供でない、精神と自尊心との安全を確保している点においてこそ、パンチラパークの意味があるのだ。
 
 僕は調子に乗ってあちこち見回っていた。病院で看護婦さんのパンチラも拝んだ。会社でOLさんのパンチラも拝んだ。そして一通り堪能した後やはり一番好きで一番遠く一番懐かしい学校のパンチラを見るために戻ってきて。
 気づいた。
 非常階段に、一人少女が座っている。その少女、真っ白に無表情だ。そして、ひどく無防備に、そう、パンモロの状態をずっと続けている。
 何か、おかしい。やばい。
 僕はそう思った。見ちゃだめだ。気づいちゃだめなんだ。
 彼女が座っているのは階段の一番上で、どの少女もそこまで上ってはいかなかった。その一つ下の踊り場まで行くとひらひらと戻ってくる。
 そうだ。
 少女たちは皆よく歩き回っている。座ったりすることもあるけれども、基本的には駅に行ったり路上に行ったり公園に行ったり店に行ったり、おそらくパンチラチャンスを増やすために巡回している。だが彼女は多分僕がここに来た最初から同じ場所に座っていて、そして今も同じ場所に座り続けている。
 ずっと?
 ずっと!
 
 (考えないようにしよう)
 急に金玉が冷たくなった。蟻の門渡りが収縮し、いやな気分が血管を駆け巡る。気のせいだ。ただの気のせいだ。ゆっくりと、相手に悟られないように目をそらし、そっと教室内に移動した。そこで無邪気で健康的なパンチラを堪能して気を晴らそうとしたのだが、あれに気づいてしまったせいで、最初ほどは楽しめなくなっていた。

 「どうよ」
 友人が自慢げな顔で肩を叩いてきた。お前演出されたパンチラがどうのとかいってたけど、楽しそうじゃん。
 「まぁな」
 僕は答えた。
 「連れてきてくれてほんとに感謝してるよ。今度は自腹だな」
 「言ってることが違うじゃねーか」
 「いや、もういい年だし、なんか安全なパンチラっていうのもいいもんだなって思って」
 「いい年のやつがこんなとこくんなよ。で、どの子がタイプ? 」
 そうだな…言いながら黒板の方に目を移すと。
 そこにあの少女がいた。
 真っ白な顔で、床にしゃがみこんで、パンモロの状態で。
 (いつのまに)
 (移動したのか)
 (じゃあ、…人間なのか)
 そう考えて安心しようとした。そしてまた目を…そらそうとした。
 少女はうつろなままだ。ぼうっとどことも知れぬ目の前の空間を見つめている。
 だが、何か変だ。
 そう思うとその違和感のもとを突き止めずにおれなくなった。なんだ? この違和感は? 何がおかしい? 僕はそっと目を泳がせて彼女の表面を探った。髪型から顔へ。顔から首筋へ。首筋から胸元へ。両の手、腹部、スカート…。
 パンモロ。
 (え? )
 ぬれていた。ぐっしょりと。おもらしをしたのか? そういう演出か?
 そうではなかった。
 それがなんであるかを理解したのは、そのすぐ後のことだった。
 
 濡れて半ば薄く透けている白い木綿の布、その奥が蠢いた。
 何か丸いもの。赤いのか黒いのか白いのかそれとも肉色なのか。
 もがいている。
 僕は言葉をなくしそれを見つめていた。その光景を見つめていた。
 細い何かが布を掻き…それは指のようだった。
 何度ももがいて、布は何度も丸く膨らんでははじき返すように戻った。破けはしまい、恐れつつ私は布の丈夫さに縋り安堵していた。が、そのうち…驚いたことにその丸いものは布を破ることなく影のようにするりと通り抜けた。
 ぼたり、と床に落ちた。
 長い青白い紐に繋がれたそれは、しばらくの間、粘液をにじませながら、うようよと蠢いていた。

 少女は終始無表情のままだった。
 微動だにせず、僕が最初見たときと同じ格好のまま。
 
 あれから僕はどうやって外に出たのかよく覚えていない。
 ただ、友人がひどく心配して、送ると言ってくれていたことだけは覚えている。
 
 
 あの少女はこの世のものではなかったのだろう。
 僕に縁があったのかもわからない。あの場所に縁があって居ついているのだと考えたほうが自然だ。
 なぜあの少女があんなことになっていたのか、それもわからない。望まぬ妊娠だの堕胎だの流産だの隠れた出産だの、そんな単語が連想されたが、詳細を知りたいとも思わなかった。


 とにかく、あれ以来、僕はいよいよパンモロが恐ろしくなった。
 無造作に開かれた緩い股間を見ると、それが布に守られていようと、恐ろしくてたまらなくなった。

 (そこは、温かい水に濡れた何かが、出てくる場所なのだ)



私は左脳派?右脳派? 診断やってみた

私は左脳派?右脳派?

「あなたは左脳と右脳を5割ずつ均等と使ってます。このようなタイプはとても珍しくて、世界人口のうちにも10%以内だといいます。 右脳は直観、クリエイティビティ、色、イメージ、好奇心と関係があります。左脳は言語、合理性、規則化、戦略と関係があります。」

世界人口の10%って要は十人に一人ってことで珍しくもねぇと思うんだが。

だからなんだといいたくなるが、面白いのでみんなもやってみてくれよな!

満員電車の中のポニーテール女に告ぐ。

自分の顔をはたきでさわさわされ続ける状況を想像してください。
あなたが背後に立っている乗客にやっているのはそれです。
今すぐやめてください。

抗生物質「ミノサイクリン」の副作用で唇が腫れたことを歯科医師に相談したら代替治療キーワードが山ほど出てきて驚愕した件について

私は抗生物質のミノサイクリンの副作用が強く出る体質である。
が、それをすっかり忘れており、この度とある皮膚科で吹き出物治療のためにミノサイクリンを頂いてしまった。
いつものクスリと違うなぁと思いながら、2錠服用した所、その霊験あらたかなこと、たちまちのうちに口腔内が腫れ上がり、口元が類人猿或いはドナルドダックのように見場の悪いものになってしまった。
この症状に覚えがあり、またその際口腔外科で治療をしていただいた記憶があったため、地元の口腔外科の病院に電話してみた。
すると、素敵な対応をしてくださる看護婦さんが出た後、折り返しで院長から電話を頂いた。

本件については、体調、クスリの副作用など様々な要因が考えられるという。
ので、以前も件のミノサイクリンで副作用を起こしたことを伝えた。
その前から目にアレルギー症状が出ていたのでアレグラを服用していたことなどを伝えると
「ああ、それは複数のクスリを飲んでいて、その作用が体の中で喧嘩しちゃって、腸内の細菌が今死んじゃっててバランスがとれなくなってるんだね。
ほんとうはそういうときは、ホメオパシーの治療をやってデトックスをやるのが一番いいのだが…。」

はい?
何とおっしゃいましたか?
ホメオパシー?
あの、体に症状を起こしてるものをごく少量含んでいるとされる砂糖玉を服用することを「治療」と称し、悪化したら「それは好転反応ですから続けてください」と言い張ってさらなる悪化を引き起こすインチキ治療?
デトックス?
「体内に溜まった毒物」という定義の曖昧ななんだかわからないものを「排出」させるという「治療」、・・・って、「え? なにこれ結局うんこしてればいいってことじゃね? 」っていうアレ?

「まぁデトックスするにはじゃんじゃん水飲んでとにかく体内の毒物を出すことだね。」

ああ、それはなんとなくわかります。つまり代謝を盛んにして薬物を追い出すっつーことですね。

「で、その飲む水は、水素水が一番いいんだけど」

なんだこのエセ科学オンパレードの歯科医師

ウォォォォォンッッッ!

この医者アブねぇ匂いがプンプンするぜぇぇぇぇぇッッッ!


というわけで、
フツーに歯科医師免許持ってそうな医者でも、役に立たない糞治療を高く売りつけられる危険性が多いにあるという、日常に潜む闇のお話でございました。

なお、本件を自分のかかりつけ医に相談したところ、ミノサイクリンの副作用はまぁ確かに薬剤が排出されれば治るので、水分を少し多めにとておとなしくしてればよいとのことでした。

お仕事弱い人

四人でチームを組んでおる。職場の話だ。
一人は8年くらい勤めてる超ベテラン、このチームどころか課全体にかけがえのない人である。
私は4年くらい務めているわりには経験値不足のひよこ、日々たんたんと寄せられる仕事をこなすのが使命というあまり意味はないがやっぱいないと困る人といえなくはない。
んでもって、引き継ぎの時期で、上司が二人おる。
一人の上司にはベテランが丁寧に気を使いほぼツーカーの関係、非常なる信頼を築きあげてきた。本来二人で行かねばならぬところを自分一人で行って上司の負担をなくす等、その手法は見事である。
当方においては、生来気の利かない気質であること、とにかく日々こなさなくてはならない仕事が絶え間なく寄せられてくるものだから、上司との良い関係というものはまるで築けておらなんだ。
それでも上司とマンツーマンで取り決め進める案件というのはある。ここでは上司一人に非常勤複数がつき、非常勤が一案件を持つという体制で仕事を進めるからだ。
週明けに新しい上司、今の上司、ベテラン、ひよっこで案件を持ち寄り進捗状況を話しあうことになった。
ベテランの案件はかなり進んでいる。ほれぼれするほどである。
翻ってこちらの案件は、送られてきたデータの類似性をなんとかとりまとめたもの、資料としての見やすさも不完全、正直出すもの恥ずかしいシロモノだった。
しかしながら、
この調査分野はいままで誰も手を付けたことのないもの、
定義からして曖昧、
とにかく怪しそうなものは全てとりあえずデータ化してそこから方向性を定める
ただ、全てのデータを出されてもわけわかんないからある程度まとめた形で出して欲しい
と聞いていたのだから、現時点ではこれを提出するのが私のできる手一杯だったんである。

にも関わらず、ベテランからはっきりと突っ込まれました。
「なんで明日の課長レク用に見やすくまとめていないの?」
それはここは方向性を定める打ち合わせだと思っていたからです。
「IPアドレスが同じだからって所有者が違う場合があるってのは知ってるよね? 」
それは場合であって、やってみなくてはわからないのでは?
それに先日IPアドレスが同一なら管理者も同一ですよとおっしゃったのはそちらではございませんでしたか?
さらに申し上げれば、違う場合があるという相場観も、私が実際に殺ってみなくては身につかないのでは?
「この並びってさぁ…おかしくない? こういうふうに情報並べても課長ぴんとこないよ」
その配列は今上司に支持された通りにやったのですが。
「大体元資料の探し方ってどうなの? 定義から詰めなおさなきゃなんないんじゃないの? 」
それは今上司と二人で話し合って定めたことで、あなたが知らないのは当然のことです。

ベテランさんが再三口にするのは、
「チームとして、進行には俺にも責任がある」
という至極当然のことです。
それは、タイムスケジュールをうまく切れない私としては、大変ありがたい。
しかしながら、このまま「タイムスケジュールをうまく切れない私」のままでいるのも、ベテランさんにとっても、私にとっても、よろしくない。
なので、チームというからには
1 まずは、今後のこともあるので、今上司のいるうちにこれから上司とベテランに定義と手法をもう一度確認したいということ
2 調査手法は似ているので、これから上司にお願いして、できるだけ打ち合わせに同席させてもらい、情報共有していくこと
3 それができないのであれば、ちゃぶ台返しのような形でひっくり返す前に、一緒に打ち合わせをしていただき、経路補正をしていただきたい。
私はとても不完全です。それは存じております。
ただ、「こんなのは知ってて当然でしょ」という情報が多すぎるのも事実です。
そのような、「新参者にはわからない村の掟」をちら見させて困惑させるよりも、明文化させ、共有するほうが得策ではないかと思うのです。
変な話ですが、もしそれをなしえないのなら、あなたち自身が言語化能力に劣っているということではありますまいか?

あらゆる職場、あらゆる団体、あらゆる集団、あらゆるフィールドが、誰にでも居心地の良い場所になりますように。

さしすせそ男の作り方

Q.さしすせそ男とは?
A.「さすが○○さん! 」「知らなかったなー」「すごいですねー」「そーだったんですかー」等の台詞を矢鱈連発する気の毒な男性を指します。

Q.どうやって育成するの?
A.まず若くてそこそこイキのいい男性正社員を用意します。
その社員を上司であっても対応や要領が悪いと相手のゴミ箱を蹴っ飛ばすほど気の強いベテラン女性非常勤の上に配置します。
一ヶ月ほどでやたら声高に上記台詞を連発するさしすせそ男が出来上がります。

Q.さしすせそ女とさしすせそ男の違いは?
A.さしすせそ女は目が笑ってませんが、さしすせそ男は目が死んでいます
やたら声高に上記台詞を連発するからといって、間違っても「楽しそうですね」などと声をかけてはいけません。
「ちっとも楽しくありませんよ」と、死んだ目でマジレスされるのがオチです。

というわけで、皆さん、楽しいさしすせそライフを!

帯好きのあなたに贈る、マンガの帯を上手に保存する方法

これを
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こうして
obi2.jpg

こう。
obi3.jpg

上から見た図。
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帯を痛めたくない、無くしたくない、しかしながら本体と一緒に保存しておきたいというあなたに最適!

みんなもやってみてくれよな!

俺氏、鳥獣戯画制作キットでドリフターズの菅野直のあのシーンを再現してみた

tyoujuugigaa.jpg

鳥獣戯画制作キット

私が母乳をひり出すまでの追憶 -粗悪母乳通販の記事に寄せて-

ヒトという種の骨盤が出産に最適化されているわけではないように、乳腺もまた、授乳に最適化されているわけではない。
或いは出産が十代で行われていた頃にはそのようなことはなかったかも知らん。
だが出産が二十代三十代当たり前となった今日、乳腺は、母乳を生産する機能は維持しているものの、詰まっているのが相場である。
先に言っておくが、私はAAAカップの貧相な乳ながら二人の男子を乳離れまで母乳のみで育てきった豪の者である。
だがそこに至るまでには大いなる苦難があった。

まず、
出産したはいいが母乳出やしねぇ。
「吸わせてくださいねー吸わせると子宮が収縮して乳腺を刺激するホルモンが出て母乳が分泌されますのでー」
と助産師さんに言われ、牛乳瓶二本分出血し13時間陣痛と闘った息も絶え絶えな状態でなんとか乳首を含ませようとするが、これがまた先方も生まれたてなもんでへったくそなの。
それでもまぁ乳吸うてくれるわけだな。
んで鳴る程看護師さんの仰るとおり母乳も生産され始めるわけ。

しかーし!

赤子が拙く吸おうとも、そもそも乳腺詰まってて出やしねぇ。

え? 乳腺って詰まるの? そういやぁそんな話妊娠中に聞いたことあるけど、こんな無駄な脂肪を一切装備してない貧相極まりない乳でも詰まるの?


などと自問しようがどうしようが出てこないもんは出てこない。
するとどうなるか。
行き場のない母乳が、乳腺の中に溜まり始めるのである。
これどういう状態か男子にもわかるように説明しますと
ニキビが膿と熱持ってパンパンに腫れた状態
です。

これが両の乳で発生するわけです。

しかもほっとくと乳腺炎になってえらいことになると脅かされるわけです。
んでしぼる。ぎゅうぎゅうと、両の手で、吹き出物の膿を押し出すようにしぼる。もう泣きながらしぼる。
助産師さんも大分しぼってくだすった。
でも出ない。
絞り方に要領を得てないらしい。

したらばうちのオカンが最終兵器出してきた。

「某大学の医学部出身の元お医者さんが、医学生の頃に「これだけは覚えておきなさい! 」って助産師さんに搾乳の仕方を伝授していただいたそうだから、お願いしましょう! 」

(;´゚д゚`)エエ

そら愕然としました。
だってその元お医者さん、すごいおじいちゃん。
引退してるわけだからネー。

しかもその人は母の友人の夫ではあるが、私何も面識ナイヨー。
そんな見知らぬご老人のお宅に上がって乳放り出してその乳をしぼっていただけと!

(; ・`д・´)…

しかしおかんはやり手なので逡巡する隙すら与えてくれません。
すかさずその友人に電話、「こういうのは最後だけど引き受けてくれるって! 」
それで参りました。
ちんまい赤子連れてよろよろしながら。
見知らぬお宅のソファに横になって乳をほりだしお互いなんかこう「すみません」「いえこちらこそ」みたいに目を合わせらんない感じで手業が始まりまして。

しかしやはり昔のお医者さんはスゴイ。

出ましたよ。

数分ほどの施術で。


えー、というわけでですね、己に備わっている機関を活用するという意味合いでは母乳育児は大変結構なのですが、
そんなに自然に出るもんじゃない
ということを皆様に於かれましては認識していただきたい。
んでもって、もしあなたが助産師さん或いは産婦人科のお医者さんで、母乳育児を推奨するのなら、
その手業の体得または技術継承を積極的に行っていただきたい。

何度も言います。
母乳は自然に出るもんじゃないんです。
初産だと、母乳が生産されても出口がふさがってることがままあり、その出口を開く術がない限り、無闇に母乳を生産しちゃうと、乳腺炎という、炎症、発熱、化膿、果ては腫瘍の発生というおっかない病気を誘発してしまうんです。


なんていうか、うまくいえませんが、
母乳もあるけどミルクもねッ!
みたいな軽い気持ちで居たほうがいいですよ。色々。

そして、あのお医者さんに搾乳技術を継承してくだすった見知らぬ助産師さん。
あなたは私の恩人です。
ほんとうにありがとうございました。

あ、あと冒頭に完全母乳と書きましたが、うちの子が全くミルクを受け付けやがらなかったために否応なしにそうなりまして。
それはそれで赤子から3時間と離れられないという面倒臭さがありました。
あと取り揃えたミルクキットが全部パァになった。結構金かかったのにちくそう。

…なんにしたって育児っつーのは時間泥棒に支配された現代においては難儀なもんなんですよ。
うん。

職場のチームでアキバ系ヲタク役満が完成しました

職場の上司が異動することになりまして。

新しい上司に仕事内容を説明するに当たり、話が早くなりそうなので
「最初に私の属性をご説明しますと、ヲタクです」
と申し上げた所、
新しい上司に於かれましては前回総選挙の際にAKBのCDを50枚ご購入なさるほどの上位互換型ヲタクでした。
これで
アニメ・マンガ・フィギュア・ネット方面担当の私
ガジェット・システム・ゲーム方面担当の超頼りになる先輩(年下だけど実務的に一番スゴイです)
AKB方面担当の上司

という、アキバ系ヲタク役満が完成したことになりました。

いやなんつーか新しい上司マジすげぇ。
絶対仕事に関係ない推しメンのサイリウムをド直球でペン立てに指してるんですよ。
んでもって机上には、お好きだという水曜どうでしょうのonちゃんの裏に推しメンのシール、あと不思議のメダイみたいな作りの推しメンのチャーム置いてるんですよ。
なんかこう
パソコンの壁紙を斧乃木余接ちゃんにして他を顧みない自分とすごいシンパシー感じるんですよね。
話も弾みましたし!


ちなみにルックスは
少年アシベに出てきた王さん系列です。

wannsann.jpg

この画像を共有した職場の方に人間っぽい犬じゃなくて犬っぽい中華料理屋さんのご主人であるところの人間だということを説明するのに苦労したのは内緒だ。

周辺ではその容姿のありかなしかで相当物議を醸していたようなのですが、
ヲタ属性特有の先手取り濃い感じの会話で盛り上がりすぎて全く気になりませんでした
話してて、ものすごく頭の回転早くて、私のあまり上手でない説明を綺麗に纏め上げてくださるかただなぁと思いましたしねぇ。

なかなかないことだと思うのですが、上司替わるごとに恵まれてきてるなーと思ってます。
異動決まった上司もほんとに頭の良い方で幸せだったんですが
どうも自分が無常識のあまり頻々と不躾なことをやらかしていたらしく
「今度の上司にはきちんとしなさいね! 」と釘刺されちゃいまして。

なんかもう、天然のバカですみませんでした。
思い当たりすぎてぐうの音も出ません。

でも、私はあなたのことをとても尊敬しておりました。
あなたと仕事出来て、私は幸いでした。

というわけで、新上司とは楽しくやりまーす! いやっほーい!

そして痛恨のミス。
最初のご説明の時に推しメンを聞いておきながらわかんなかった。
今度席を外しておられるときに盗み見てやろうかと思う。

あ、でももう一度伺っても嬉々として教えてくださりそうなので、ド直球行っちゃいますか!

というわけで相変わらずマンガみてぇな職場の日常でした。

おえかき

shirleymacleanbeaty.jpg

たまにムラムラするよね。
おえかきですよ。

国際赤坂ビル西館 B!F サンクンガーデンで行われている自衛隊・在日米軍音楽隊のコンサート日程

いずれも時間は12時10分から12時50分。
アンコール入れても40分に納める神仕様。
しかも無料。
パイプ椅子ながら席の用意あり。
雨天中止。
お弁当持ち込んでも叱られません。

第一回 5月13日(水曜日) 陸上自衛隊東部方面音楽隊
第二回 5月20日(水曜日) 陸上自衛隊第一音楽隊
第三回 5月27日(水曜日) 在日米空軍音楽隊
concert2.jpg
第四回 6月24日(水曜日) 航空中央音楽隊 戦闘機の大判写真頒布などのサービスあり。トロンボーンの田中裕香さんは航空自衛隊創設60周年の記念マーチ「風薫る」を作曲。東京藝大を主席で卒業した上に体力測定で1級という多方面で豪の者。
concert1.jpg
第五回 7月22日(水曜日) 陸上自衛隊東部方面音楽隊
第六回 9月2日(水曜日) 海上自衛隊東京音楽隊 かの三宅由佳莉嬢がボーカルで入るので大変混むが実によい。
第七回 9月16日(水曜日) 陸上自衛隊第12音楽隊
第八回 9月30日(水曜日) 陸上自衛隊中央音楽隊
第九回 10月7日(水曜日) 陸上自衛隊第一音楽隊
第十回 10月14日 在日米陸軍軍楽隊

前の方の席でハンチング被ってるカメコがいたらそれは私です。
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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