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絶賛おせち製作中なう

下の子が元旦那の実家に今日まで行ってたもんで浮かれて遊びほうけた挙句おせちノープランのつけが今ここに!
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わかるひとにはわかるはなし@鎌倉

24日から下の子が元旦那の実家行くことになったもんで
23日にクリスマスやることになったんだが
一日早いって油断してケーキ予約ノープランで
「ホールで買うと飽きるからカットで四切れ買うからなー」と宣言してたはいいが
横浜美術館でやってる國芳観に行きがてら横浜周辺で遊び倒してたら
高崎や本店のある鎌倉にたどり着いたのが6時ちょい前で
「あかんこれはゲット出来んかもしれんケーキのないクリスマスかもしらんすまんわが子よすまん」とか思いながら
御成通り歩いてたら
ちもとさんと鎌倉小川軒があいてて二種類ずつカットケーキをゲットという
ご存知の方ならものすごく贅沢なクリスマスになった件について。

ちなみに晩御飯はお子のご要望でピザーラでした。
配達の方、お疲れ様でした!

あと高崎や本店でゲットした新政しぼりたて六號特別純米酒は神。超神。
甘くてこくがあってバランスいいのに重たくなくてしかもしぼりたて特有のかすかな発泡感があるの。
ここはねー六號酵母一つでこんなにバラエテーに富んだ酒を作っていやがりやがるんだよ。
ほんとおかしいわ、新政。(←褒めてる

新政 六號しぼりたて純米生原酒 720ml

新政 六號しぼりたて純米生原酒 720ml
価格:1,365円(税込、送料別)

冬のラジ館まつりで当たったクーポンマガジンが全体使えそうなのに一枚ものすごく謎なのが含まれている件について

coupon.jpg

いやいやいやいや。なんぞこれ。


小人閑居シテ駄文記ス様、記事の紹介ありがとうございました。
うわービンタの部位指定の発想はなかったわー。そこに気づくとは…やはり貴様天才かッッッ!!!

冬のラジ館まつりで自宅警備隊の皆様を撮らせていただきました!

jitakukeibitai.jpg

すっごいかっこよかったです!
自宅警備隊の皆様、快く撮影許可をいただきましてありがとうございました!
んで舞い上がりすぎて掲載許可を頂いてなかったので
公式ホームページにリンクさせていただきます。
自宅警備隊の皆様、問題がありましたらお知らせくださいませ!

ちなみにこれ撮影させていただいた場所が
マジモン自衛隊が防弾チョッキ試着とかの広報活動やってるすぐ脇んとこで
私の要望に応じて自宅警備隊の方々がかっこいいポーズとってくださった直後に
自衛隊の方が「私(僕? 一人称失念)も撮らせていただいていいですか」と許可とって写メってたのにワロタ。
んで自宅警備隊の人たちが「やべ、本職だ」って焦りながらもちゃんとポーズしてたのもワロタ。

防弾チョッキはものすごく重かったです。(←試着した
なんかもうあれはチョッキというより鉄板です。
で、「これで防げるのはどんくらいまでですか」と伺ったところ
「ライフルまでですねー」とのこと。

自衛隊の方々、頑張ってください!
自宅警備隊の方々も、正直何してんだかよくわかんないですけど、ついでに頑張ってください!

…とまぁ、このレポでお分かりいただけるように、
クリスマスだっつのに下の子を元旦那の実家に送った後一人でアキバ行って清々しく遊び倒してきたという
通常営業のネコタでございます。

メリークリスマス!

新しい酒場いったら「メガネとってみてくれませんか」っていわれるのは

あれか通過儀礼か何かかコノヤロー。
「私にとってメガネを取るということは服を一枚脱ぐのと同じことなんですよ。
大変高くつきますからご承知おきくださいませ」っていうのはだな
「静かに適当な話しながら呑ませろ糞が」という意味でゴザリマスルヨー。
あといちいち年聞いてくるのもやめろ。
おでこに「42歳」って札貼っといてやろうかめんどくせぇから。

人生楽しんだもん勝ちなー

バーの変態さんと変態性欲について形而上学的に語り合えたり
ちょっとアレなことがあったり
来年早々職場のかわいこちゃんたちと飲みにいくことになったり
組んだ上司がダメダメなのがみんなに知れ渡って気がつかないうちにえれー同情寄せられてたり
(ちなみに対外的にはダメダメだが自分は論破と餌付けで操縦できてるので
傍から心配されるほどひどい状態ではない)
来週は下の子を元旦那の実家で預かってくれるので一週間フリーだったり
なんかもう、なんかもう。
まぁこれは今までそこそこ真摯に生きてたご褒美だと思って謹んでお受けすることにする。

中一の息子が学校に行かなきゃいけない意味がわかんねぇらしいから学校という機関のもたらす三つの素晴らしい果実についてこの際だから教えてやった

しばらく不登校だったうちの第二子、最近は「何事もなかったかのごとく」登校しているものの、学校というものが本質的に内包しているさまざまな「面倒くささ」が鼻についてしょうがんないらしく、この頃は頻頻と
「どうして学校に行かなきゃいけないの?
勉強だけしてればいいじゃん」
とぬかしやがる。

よかろう、学校なんかよりももっと面倒くさい「カイシャ」に毎日通っておるお母さんが、学校というシステムが「いつか社会人になる君たち」にもたらしてくれる素晴らしい果実について教えてやろう。

まずだな。
君たちは小さい。体も小さければ経験も足りない。世界も狭い。自分が将来どのようになりたいかということを妄想あるいは空想する材料にすべき至高のロールモデルにめぐり合うこともあまりない。お母さんが子どもの頃は戦時中の修身教育の名残で偉人伝なんてのがご家庭の本棚に揃っていたりしてその手には事欠かなかったが、今「漫画で学ぶ日本の歴史」「ひみつシリーズ」が並んでいるご家庭はあっても、偉人伝がごそっと並んでいるご家庭というのはまぁレアだろう。図書館にあったとしても、手に取るお子さんは少なかろうし、テレビなどで例えば歴史上の人物が取り上げられることがあったとしても、それは最早お子様教育目的から離れ、歴史通向けに「既に皆様もご存知のあの人物にこんな意外な側面が! 」だったり「あの歴史上の人物をこんなお茶目な視点から解題しちゃいました! 」だったり、なんかちょっと人生のロールモデルにするには難の多い仕立てになっていたりする。さらに純粋な偉人伝にしても、その偉人ぶりを際立たせるために、もはや異人か超人かと紛うようなエピソード満載で、彼らが「いま学校に行っている僕」と地続きの存在であるとは到底思えない仕立てになっていて、書き手の気持ちもわからなくはないが、正直実用性に欠ける部分があったりする。

では偉人伝から離れて現実を見よう。私たちの現実における「最高位にある人物」連を見よう。論はあろうが、例えば大会社の社長、一国の首相または大臣、そして、最先端の研究に携わる研究者たち、例えばノーベル賞を授賞した山中教授。

彼らを想像してくれ。イメージでいい。なんとなくでいいから、頭に思い浮かべて欲しい。

さて、彼らはどのような属性、及び能力を持っているだろうか。あるいは持っていることを期待されるだろうか。
頭がいい。尤もだ。だがその頭の良さとはどのようなものか。問題を解きうることか。そうだ。だがその問題は、学校のそれと同じように、既に回答を用意された上で与えられるものであるか。否、自ら見出すものか、他所から奉じられる未だ全く答えのないものだ。それらに答えることを求められるのが彼らの商売であり、さあれば学校で行われる「既に答えの決まっている問題を解くこと」というのは、そのような頭の良さを培うための事前訓練だ。問題を自ら探す能力、答えのない問題を解く能力は家でただひたすらに参考書を読み問題を解いたところで身につく能力ではない。なぜならそれは閉じた勉強だからだ。現在君たちが勤しんでいる学校での営みは、閉じた勉強によって素早いパターン認識能力を身に付け、オーダーされたルールに基づいた出力に慣れるための訓練だ。まずはそれを中学生の段階で十分に身につけることが重要だ。いわゆる「勉強」をしながら下にあげたような勉強以外の課題をこなすことで、問題を自ら探す能力、答えのない問題を解く能力を養う準備がなされていく。なぜなら、心身のメンテナンスも、人間関係の調整も、自ら気づき、答えを出さなくてはならない課題の最たるものだからだ。

次に考えるべきは、彼らはどのようなメンテナンス能力を持っているか、ということだ。最高位にいる人物は、ちょっと具合が悪いから、不快なことを言われたから、嫌な奴がいるからといってすぐに休むだろうか。あるいは気に食わぬことがあったからといって黙りこくってコミュニケーションを途絶するだろうか。否。彼らはコンスタントだ。心身の極端な上昇も極端な下降もそう表沙汰にしない。内実を伴っているかどうかは不明だが、彼らは深刻な病にでも罹らない限りにおいて、心身のメンテナンスに何が必要かを熟知しており、たとい外的あるいは内的な不調に見舞われてもうまくそれをやり過ごし、あるいは、そのような不調に見舞われぬよう、予防線を何重にも張っている。
つまり彼らは心身のメンテナンスに長けている。
毎日学校にゆき、部活をこなし、塾に行くのは、確かに中学生のキャパシティぎりぎりかもしれない。だが、これに挫けるのは勝手だが、実のところそのような生活そのものが、心身のメンテナンス能力を底上げするための課題なのだ。だからそのような過負荷の中で、自分の心身の反応を見ながら、どのようにすればストレスを逃がしうるか、どのようにすれば次の日に負担が残らないか、その手法を模索し構築することを、実のところ中学生は求められているのだ。

最後に。
君は先輩や先生がうざいことがあるという。尤もだ。親兄弟という習慣も空間も時間も多く共有している間柄であっても齟齬が生じ諍いが起こるのに、世代も育ちも生まれも違う人々とうまく意思をすり合わせるなんて非常に難儀なことだ。だが、翻って考えて見て欲しい。君が今身を置いている学校という場所は、少なくとも生徒に関しては、前後三年に限った、極めて狭い年齢層の集団だ。また公立であれば居住地も至近のはずだ。先生についても、教職を持っている以上、知識面、コミュニケーション面についてある一定以上のレベルにあることは担保されている。つまり学校とは、極めて限定され均質化され調整された集団なのだ。このように均質化された中でのコミュニケーションは、価値観が近いことが想定されるため、その膨大なる補集合に比してよほどコミュニケーションが取りやすいだろう。つまりこれも課題だ。なるほど中学校になると成果を求められる部活とか受験或いは色恋とか様々なレベルの利害が絡んでくるから小学校より人間関係の調整は難しくなってくるだろう。だがそうであるからこそ、中学時代の人間関係の諸々が自分の意図と他のそれとを調整する手法を自分なりに獲得するための初級向け課題足りうるのだ。板垣恵介先生は強さを「ワガママを通す力」と喝破した。そしてその力とは彼が今連載中の謝男またはメイキャッパーを見ればわかるように、ただの腕力あるいは暴力ではない。知略謀略あるいは真善美すら全てひっくるめての「力」が強さだ。気が遠くなるほどに多様な人間関係の中で、いかに「ワガママを通す力」を身につけるか、その訓練機関が義務教育の場であるので、失敗を恐れず、いかに「ワガママを通す力」を身につけるかに腐心して欲しい。そしてそれは常に結果として相手を不快にさせないこと、つまるところ、「あいつにワガママを言われて仕方なく応じた」と気づかせないような交渉力を身につけることを目標にすべきである。

山中教授は、答えのない問題を見つけそれを解題する知力を持ち、心身のメンテナンスに長け、数多の人々と巧みに利害の調整を行い得る人物であったと推察される。それゆえにあの若さであの偉業を成し遂げそれでなお奢らぬように見えるのだろう。
彼は地続きの人物だ。但し、不断に前進する地続きの人物だ。
彼に至る道の途中に中学校はある。中学校で君たちに与えられている課題は、上記の通り非常に重要なものだ。
毎日決められた通りに学校に通い、勉強含めた様々な課題をこなし、友人や先生と交わる、ただそれだけのことが君たちを社会人として形作ってくれるだなんて素晴らしいことじゃないか。公費でそんな訓練をしてくれる中学校とは、なんとまぁ素晴らしいシステムじゃないか。おまけにその訓練の題材として選ばれたものが世界を知るための基礎知識だなんて、これ以上完璧な機関を君に想像できるかい?

というわけで、御託並べてないでとっとと学校に行きやがれ。

ネクタイをしはじめて気づいたこと

女性のトイレの洗面台にはファウンデーションが落ちてるのでぶらぶらさせたまんまだとネクタイが汚れるということ。
こんな危険が女性トイレにあったとわ…!
プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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