久しぶりにトレーニング始めた。

週二休になってこっちトレーニングできてなかったんだが、先日職場近くの区の体育館を下見、本日昼休みに一汗かいてきた。
やっぱトレーニングはええわ。気持ちいい。
週に二回ぐらい行きそうだな。この分だと。
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それは当たり前のことなのだろうか

目医者さんにいったら非常にてきぱきした診療で医学用語を用いながら適切にわかりやすく説明されアレルギーということで右目と左目に違う種類の目薬を差していただき合う方のお薬を出していただきました。
こういうの初めてだ。当たり前のことなんだろうか? ともかく感心した。最近自分の行動の手本にしたくなるような振る舞いになかなか出会わないのだが、これはものすごくまねしたくなった。
神田眼科の女医さんです。

三つの光と三つの匂い

これは二日ぐらい前の晩のこと。
飲まずに床に就いてじき、三つの小さな光点(親指と人差し指でこしらえたぐらいの)が入ってきて私が意識を向けたのに驚いたように
ジッ
と音を立てて消滅した。とたん目が覚めた。
こいつらはよっぽど見たいんだなぁ、と思った。しかし一体何を?
ああ、私の書くものか。
そんな風にねぼけまなこで腑に落ちたのだが、この判断は妥当か?


昨晩のこと。
えらく体がくたびれていてほうほうの体で床に就く。肩と背中が痛くてかなわない。どうもえらいことになっているなぁ、と思い、それでもストレッチをする気にもなれず、そのまま休もうとした。
何かややこしい夢を見た。
ニューエイジの友人に新居に移って以来飲まずにいると必ず金縛りに会うのだ、と相談したところ「葉山方面には今魂の格(だかなんだかわからんがなんかそういうの)の高い人たちが集まってるからそっちに行くように言ったら? 」というわけはわからないが心のこもったアドバイスを受けたので今日の何やらにも葉山方面へ行けと伝えてみたのだが
「葉山方面? 」
とえらく馬鹿にされた調子であった。葉山に行ったからといって何があるものか、といいたげな様子。
その後しばらく苦しんでようやく解け、がじき三度ほど続けて浅い金縛りになった。
そのときに覚えたのが、三つの匂いである。
おぼつかない目覚めから引き込まれるように眠りに入る。別段夢は見えない。が、ただ、濃密で鮮烈な匂いだけが覚えられたのである。
最初は、新しい草の生えたせせらぎの青く清冽な水の匂い。
それを抜けておぼつかない目覚め、また引き込まれた先には、波打ち砕かれる磯の濃密な潮の匂い。
三度目は、朝靄をまとった山林の精油のような碧の匂い。
あたかもそれは眼前にその場があるほど濃密に、鼻と脳との狭間を満たした。
風景を見たように思ったが、それは匂いから喚起されたイメージであり、確かにそこにあったのはただその匂いのみであった。

なんだか新しいな、と目を覚まして感心したのである。

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しやわせのあおいとり

以前書いた同人向けのシリーズものをふと思い出して読み返してみた。
ボクシング漫画の同性愛小説という原作者様に大変申し訳ない代物なのだが、なんというか、確かに自身が書いたものにもかかわらず、驚くほどに鮮烈で、切なくて、狂おしくて、完成度が高かった。
そしてこれを書いたころのことを思い出した。
あのとき私は恋をしていた。恋ゆえに書けたのかはわからない。恋がなくても書けたかもしれないし、恋をしておらねばあれほど濃密な仕上がりにはならなかったかも知れない。いずれ、その恋のことも思い出した。

どの要素をとっても尋常ではない恋だった。そもそもなぜいちどきにせよかかわりをもつことができたのか、いい意味でも悪い意味でも奇跡のような恋だった。

少し前までは思い出すのを避けていた。

古い自作を読み返し、そのころに思いをはせたとき、実に瑞々しい感情が自分の中に立ち現れた。それは懐かしいという古い感情とも、その頃自身がとらわれていたのっぴきならない苦しい感情とも質を異にしていた。そのひとを思う心は今もここにあった。木乃伊と思っていたものに水を含ませたら瑞々しく蘇った。そのひとのことを繰り返し思っていたころの心地よさが胸に広がる。その前も、そのあとも、いくつか恋に似た情態に身をおいたことはあったが、あれが、あれだけが、私のほんとうの恋だった。
もうあのひとは私の前にいないのだから、思うに任せぬ苦しさに出くわすことは二度とない。なんとまぁ至便なことか。辛いことも多かったし、また、己のわがままがおそらく相手をひどく苦しめただろうことも自覚している。が、それらはこの心地よさの前では古い石碑の碑文のように形あれど心に留まらない。あれほど繰り返しなぞり、のたうつように苦しんだはずだったのに。
あのひとがいなければ私は同人物とはいえあれほどの完成度の作品を書くことはできなかった。そしてこうして読み返すこともなかった。あのひとと心を交わした期間はとても短かく、終わりは無惨なものだったが、今は、あのひとがどこかでおそらく健やかに(そしておそらくとても個性的に)暮らしているだろうことを思うだけでうれしく安心する。

以前青年に振られた後、もう色恋はいい、という心持ちになった。だがあのひととのことをもう一度手元におけるようになった今、恋なんてしない、と思うのも、恋をしていない、と思うのも不相応だということに気づいた。少し奇妙な形ではあるが、そして恋をしているというわけでもないが、私はあのころを思い出すことで、いつでも恋に在ることができる。
あんなに無茶苦茶な恋は、もう二度とないだろう。

一連の作品を読み返して、これ以上のものは書けないんじゃないか、と思いさえした。だが、そんなことはない。私は私の読みたかった物語を書き続けている。そしてそれは、常にちゃんとほかならぬ私自身にとって読み応えのあるものに仕上がった。あのときも、今も、私は誰よりも私という一番の読者を裏切らぬよう、世界を生々しくそぎ落とすように、物語をつづりつづけている。私が書かねば私の物語は生まれない。誰かの物語は待っていれば差し出される。でも、どんなに誰かの物語がすばらしくても、残念ながら、それだけでは満たされない。
私は物語を書き続けよう。いつもそのとき立っている場所で精一杯の物語を書き続けよう。いつか読み返したとき、ああ、今の自分じゃあこれ以上のものはかけないんじゃないかな、と、嫉妬させるくらいの、そんな物語を。

アタマジラミにスミスリン

今上の子のクラスと1年生の間でアタマジラミがはやっているらしい。逃げ場なし。
11人が罹患者だったとか。
うちはこれまでに三回やってる。
今回は免れたが、実はこないだの夏休みの終わりにも虫が第二子の頭から零れ落ちてきて悲鳴を上げた記憶が。ありゃあ心臓に悪いね。
で、このスミスリンシャンプー、高い。2本2900円。普通の薬局ではまず値引きがない。
大変不愉快なので楽天で探したら、
税込み送料込み2本で4725円
(アフィリエイト)
があった。
これが今の底値ですな。
今回買ったのはこちらの
税込み送料込み2本で5250円
(アフィリエイト)
の方。
こちらは第二子罹患発覚時点での一番の底値、クレジットカードで楽天で買えばポイントが二重に付くということでリアルで買うよりもよかったのだが、さらに安いのが出ましたなチクショー。
でもこちらのショップ、なんかえらいおまけがついててびっくりしました。湿布やらビオフェルミンやら入浴剤やら。ありがとーございました。
今はネットで頼んでも一日二日で届くし、一本は薬局で買うにしても兄弟がいる場合はまず一本じゃあ足りなくなるので多めに買っといたほうが無難です。
そんなわけで、なんか今回はえらくアフィリエイトくさい記事になってしまいましたが、いやほんとに知らないと損するので楽天とか使ってる人は楽天でスミスリンと検索して探してみてください。あ、子どもといちゃいちゃするのが好きだと、お母さんももらってるかも知れませんぜ。
*スミスリンシャンプーは髪の長さにもよるが一回に最低10mlは使わなくてはならない。二日おきに4回ということで短髪ならちょうど2人分だがうちのはちょっと長いので多めにつかって結局毎回1本では足りなくなるのだった。

なんとなくはじめるホームページとマルチの共通性

! どちらも知人を誘引・勧誘するところからはじまる
! コンテンツや商品にいまひとつ独自性がない
! 最初は付き合いで知人が訪問したり買ってくれたりするが、コンテンツや商品に魅力を見出せずリピーターにならない
! が、本人はとりあえずのアクセスやとりあえずの売り上げにより、自分には結構才能があるんじゃないか、この調子でいけばかなりのアクセス或いは収入が見込めるかも…と誤認する
! 次第に元からの知人だけでなく知り合う人全てに喧伝するようになる
! うざがられる
! 本人気づかず誘引・勧誘を続けるがアクセスや売り上げは低迷したまま
! いつのまにか元からの知人にも避けられるようになる
! ふと我に返り萎縮しつつ「それなりにいいコンテンツまたは商品なのになんでみんなにはこのよさがわからないんだろう」などと思う

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新居の怪談その後

新居の怪談の後日談である。

お守りを買ってきたその日は旧友から電話のかかってきたうれしさでつい呑んでしまい効力を確かめられなかった。
昨日。
ようやく呑まずに床に就いた。

お守りが来てからどうも空気が清浄なようで、良い予感がしていたのだが、床に入ってもなかなか眠気が来ない。
ああ、そうだ、これだ、いっそ懐かしいほどだ、と私はうれしくなった。
元来私は大変寝つきの悪い質である。
だから逆に入眠の早いのは恐怖である。
前の家でも入眠の早いことがあり、その都度金縛りにあった。ここでの金縛りとは心霊的な意味ではなく身体に起こる生理的な現象を指す。それには幻覚を伴うことも伴わないこともあったがいずれからだが極端にくたびれているときだと思っていた。
が、新居でこうのべつまくなしに起こると閉口する。
新居に移る前の人生のほとんどにおいて私は寝つきが悪かった。子どものころは1時間2時間とごろごろしていたが学生のころからは30分ほどとなり、働き始めてからはおおむね15分ほどを要していた。
が、金縛りになるときは冗談でなく1分以内に眠りに引き込まれてしまう。
眠るまいだの眠ろうだのそんな意志の余地すらない墜落なのである。

金縛りになりさらに幻覚を見ると苦しいので必死に目覚めようとする、それがたいそうくたびれる。幻覚を見るのは別にかまわないのだが、体力の消耗がいやなのだ。その上あんまり違うのが毎回見に来るので、どうも様子がおかしいと思い、もちはもちやと神頼みしてみたという次第。

さて。
こんなことがあってお前は結局霊というものを信じるようになったのかといわれれば、そうでもない。
感覚に映る現実世界をむいてむいてむいてしまえば所詮量子の世界であり、そこに霊という計測しえぬものの存在する余地はない。
もしも霊というものがあるとすれば、畢竟生物の感覚器の中にのみ存在するんであり、そしてそれはまた所詮感覚→解釈の過程に起こるバグに過ぎないと思っているのである。
じゃあなぜ神頼みなぞした、なぜ貴重な休みに八幡宮に行って頭下げて賽銭投げてお守りを買ってきてそれを中心の柱に飾ったりしたのか、と問われれば、それは文化的な方便である。
人間の解釈というのは文化に支配されている。
感覚のバグを霊と解釈するのも文化的な習慣である。
文化的な習慣には文化的な方便が効くであろう。
それほどの意味で、私はお守りを買い、奉ったんである。

誰しもそうであろうが、人間の精神にはいくつもの層がある。
真の部分では血液型なぞナンセンスだと思っていても、友人が血液型の話を振ってくれば知識総動員して戯れ楽しむ。
宇宙人が葉山方面に来ているといわれれば、そんなもんがあるかいと思っていても、そうか、と聞いてやる。
それは別段その理念に納得しているからではなく、つまりそれはその話をふってきた友人が好きだからである。
では私は何であるか。
私はつまるところ八幡宮とそこにおわすお稲荷さんが大好きなのである。なんかしらんが愛着があるのである。自分に刷り込まれたキリスト教よりもあるいは地元の小さな氏神様よりもよほどなじむ! 実になじむぞジョースター! なんである。
だからあすこのお守りなんである。
そういえば引っ越してからあそこの神社に挨拶してなかったもんな、なんて思うのも、自分の芯の部分では苦笑しているのだが、何しろ好きなんだからしょーがんないんである。
だから私が神社に詣で賽銭を投げ一礼しつつ
(すいません、アレなんとかしてください、アレってなんつーの、あのなんか夜になるとうちに来るやつ、ああいうのね、頼みますよホント、眠れないんすよ、もーここしか頼むとこないんすよ)
とまぁ銀魂ばりのお願いをしたのも、多分、自分なりの親しみとか好きとかの表現で、アレ? 何の話してたんだっけ?
えーと、まぁ、好きなモンにはたまには会いにいっといたほうが、心が安らぐ、ってことです。
ブドウ糖にすらプラシーボ効果がある。ましてやお守りにや。

それでね、職場の不知火君、心配してくれてありがとう。でも上記のような感じで、眠剤とか出番がないような寝つきだってこともあって、眠剤はやめたのね。
母ちゃんの眠剤借りてたことあったけど、それは三時間とか練られなかったときよ。
今は寝つきよすぎっつーことで。
ありがとう。

テーマ : 不思議な出来事
ジャンル :

地蔵御籤のシュルレアリズム

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小町通鉄の井手前。二年前から天気のいい日の1時から3時くらいに営業中。

テーマ : 鎌倉
ジャンル : 地域情報

社をかけたトリックアート

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テーマ : 鎌倉
ジャンル : 地域情報

今週のおそうざい

昨日こしらえた一週間分のお惣菜。

にんじんときうりのサラド
両方とも繊切り。塩と寿司酢で軽く味付け。

空芯菜と湯葉炒め
細切りの茄子と空芯菜、棒湯葉をナンプラーと醤油で。油は胡麻。

サツマイモと鶏腿肉のたいたん
サツマイモは電子レンジの茹で根菜で下ごしらえ。大根葉もざく切りにして茹で葉菜で下ごしらえ。鶏腿肉を胡麻油で炒め醤油をまわしかけて下味をつけ次に大根葉ざく切りサツマイモと投入、さらに醤油を入れ調味。

アスパラガスのバター蒸し
フライパンにバターを入れ溶けたところに適宜切ったアスパラガスを並べクレイジーソルトを振って蓋をする。てきとーに一本食べてみておいしければ完成。

きのこの味噌汁
エリンギとえのきだけ、かきのきだけ、干ししいたけとなめこの味噌汁

あとはアジの開きとかほっけとかお惣菜の一口ヒレカツとかポークソテーとかで乗り切る所存。

テーマ : 我が家の晩御飯
ジャンル : グルメ

新居の怪談

中の人は科学の子」なオリジナル百物語サイト運営者としてこんなことを明かすのは大変恥ずかしいのだが、自分自身にとって余りにもリアルでしかも余りにも面白かったのであえて公開することとする。

実は新居に移ってから、綺麗に眠れたことがない。飲まないで床に就くと、実に100%の率で金縛りに合う。
自分が金縛りに会うときというのは必ず墜落睡眠である。床に就くころからまず怪しい。眠気の質が普段と異なり深く、濃い。そういうとき元の家では枕もとの電気を就けて寝ていた。そうすると元の家ではならない。眠気の質が違うときにも大丈夫だろうと高を括って寝てしまったときにのみ金縛りにあい、そういうときなほうほうの体で目を覚まし、そうして枕もとの明かりを点けたまま眠った。
新居は違う。
飲まない限り眠気はいつも深く濃い。そして枕もとの灯りを点けていても意味はない。必ず床に就いてから数分で眠りに落ち、そして。
玄関から何かがやってくるのである。
それは白い巡礼めいた四人連れであったり、女であったり。
そして彼らは玄関から入ってきて必ず私の部屋に来て私の布団の横で迂回し私を見下ろすのである。

俗に、霊の通り道になっている建物がある、という。
自分は当初それではないかと思った。
が、ある時点で気づいた。
彼らは私を見に来ているのだ。
玄関からまっすぐ来るとリビングキッチン、そこからベランダに向けて子どもたちの眠る部屋と私の眠る部屋(兼居間)がある。
彼らが子どもたちの眠る部屋にいったことはなく、またそのまま窓からベランダに出て行ったこともない。
わけはわからぬが、彼らは私を見に来ているのだ。

そう思った私は、なんでかは今となってはわからないが、彼らの気を反らす戦略に出た。

体が持たないので呑まずに寝た夜、やはり墜落睡眠となり、そして玄関から白っぽい女性が来た。
そして過たず私の休む部屋に入り、私の枕元に立ち見下ろしたので
「あなたの目的は私じゃないですよ
違いますよ
あなたの目当ては私じゃないですよ
私はあなたの求めるものを持ってはいませんよ」
と念を送り続けたところ
「ああ、そうだった」
というような感じで女性は踵を返し玄関のほうへ帰りかけたのだが
「違う! そうじゃなかった! だまされた! だまされた! 」
とかいいながらものすごいスピードで戻ってきた。
(ああ、霊の通り道で、子どもたちの方に行ったらやだなぁ)
と思ったが、過たず自分のところに来て、しかもそのあとなんだか妙にすっきりと目が覚めて可笑しかったんである。

まぁその件についてはネタかと思うくらいよくできてて何が怖いんだよギャグだろとか言われそうなんですがとにかく本人的には飲まずに寝たくても練れないのが大変つらい。なわけで神頼み。
本日鶴岡八幡宮にゆき八幡様とお稲荷さんに詣で、激しくお願いし賽銭も自分的には奮発しつつ身代わり守りと破魔矢守りを買ってまいりました。
どーかこれで一つ。

テーマ : オカルト・ホラー
ジャンル :

君の考えを聞こうッッ!

昨日の記事に対してコメントがついた。
のだが、ブログ管理者にしか閲覧することのできないコメントである。
が、内容は私信ではなく、記事内容に対する問いかけを含むコメントである。

これまで管理者のみ閲覧コメントでいただいたのは私信のみであったため、対応に迷っている。

これがただの共感や突込みであれば何も返さない。だが問いかけを含んでいるためにこちらも意見を返したいと思った。
しかしどうすればよいのか。
コメントを書き込んできた人は本人の持っているサイトのURLもメールアドレスも残さなかった。
私信として返しようがないんである。
こうすると選択肢としては以下のようになってしまう。

1 管理者モードでコメントをよこし、しかもURLもメアドも残してこなかったということは、問いかけを含んでいたとしても返事がほしいわけではないとみなしうる。よってスルーすべし。
2 問いかけを含んでいる以上、何らかの形で回答したほうがよいのではないか。そこでコメント内容については伏せたままブログ上に返事を書く。
3 ブログの記事についてモノを尋ねているのにもかかわらず非公開モードにし本人のURLもメアドも明かさずつまりブログ管理者側にとっての返答の場を最初から無くしてしまっているというのは大変失礼である。またコメント内容について伏せたままブログ上に返事を書くというのは他の閲覧者に失礼である。よって本人の今後のためにもコメント内容全て晒しあげた上できちっと返答する。

どーすべきでしょーかねー。
半端なコメントなら1にするんですが、結構本人が真剣なようなのでなんか返事してあげたいんですがねー。
というわけで、できればご本人のご提案、お待ちしております。

先に相手がルール違反したのにどうして俺がルールを守らなきゃいけないんだという子ども的論理について

子ども的論理の一に、
「なぜ自分だけルールを守らなくてはならないのか」
というのがある。
相手が先にルールを破ったとか、
ほかのやつはみんなルール守ってないとか、
そういう違反の先例を盾に、自分もルール違反を認められようとするものである。

最近この主張をぶち上げてくることが多いので、こんな風に説明してみた。

信号は青になれば渡り赤では渡らないというルールがある。
ここで一人とてつもなく急いでいる人が赤で渡ったとしよう。
その人はいつもはきちんと信号を守っている人であり、その行動はたった一度のことだった。
だが、それを見ていた中の一人が、赤でも渡ってもいいのだ、と気づき、毎日のように赤だろうが青だろうが隙を見て渡り始めた。
それを見て、
「どうして自分だけルールを守っていなければならないんだろう」
と思い、たくさんの人が赤でも渡り始めた。
一方、車を運転している人たちは、最初は赤で渡ってくる歩行者に気をつけていたのだが、あまりに気を使いすぎて渋滞になるようになった。
そのうち、
「なぜ歩行者がルールを守っていないのに自分たちだけが守らなくてはならないのだろう」
と思い、歩行者がいても赤でも通るようになった。
交通事故やひき逃げが相次ぎ、そこは、信号があるのに、渡れない道になった。

最初にルール違反をしたのは十人のうちの一人だ。それも一時的なものだった。でも、「ほかのやつがルール違反をしているのになぜ自分だけルールを守らなくてはならないのか」と考えて多くの人がルール違反をし始めた。その結果ルールは意味を持たなくなり、ルールが守っていた安全が失われた。
これでいいのかね?
こういう風になることを知っても君はまだ
「ほかのやつがルール違反をしているのになぜ自分だけルールを守らなくてはならないのか」
という論理にしがみつくのかね?

この他にも、
「親が子どもの世話をするのは当たり前というルールを無心に破った結果起こった「誰も知らない」事件」
とか
「やっぱり親が子どもの世話をして病気になったら病院に連れて行ってあげるのは当たり前だというルールを破った結果起こった中学生男子風邪引きから意識不明事件」
とか
「パチンコ大好きお母さんが普通はそんなことしないだろって思う炎天下車の中にあかんぼ放置によりあかんぼ死んじゃった事件」
とか
「子どもに食事与えなかった結果餓死しちゃった事件」
とか、もりもり話してやり、
「お母さんもたまにはお仕事のお友達と帰りがけに一緒にご飯食べたいなーと思うことがあるけど、お前たち小さな坊やがたった二人でおうちで待っている限りそういうことはしない。それはお母さんのルールだ。お前たちはそのルールに守られている。もしもお母さんが突然ルールを破って毎日遅くにならないと帰らないようになったらお前たちはそれをうれしいと思うのか? 」
というところまで行き着いた。
子どもたちにはやはり
「母親が母親のルールを守らなかった結果子どもが大変なことになった事件」
が身にしみたらしく、少し神妙になり、もうそういう言い訳はしない、ルールを守るようにする、となった。
まあすぐには難しいだろうけれども。

ぶっちゃけた話、ルールというのは限られた集団内でお互いのトラブルを少なくするための詭弁だと思っている。
このとき
「限られた集団内」
というのがポイントで、それはつまり
「ルールを共有しうる集団」
ということだ。
だから、どっかの漫画で読んだ
「誰かを殺そうとしてるやつは殺されたって文句は言えないんだぞ! 」
という宣言は、おそらくは殺し合うことがそう珍しくないコミュニティの中に散在する殺そうとする主体に向けられた言葉であり
また律法の非共有こそがすばらしき慈愛に満ち溢れた宗教が異教徒をミナゴロシにする理由であり
最近のマスコミがやたらと犯罪者を生い立ちから自分たちと峻別しようとするのは
「あれは外様のやったことで、我々の所属する集団内にはいませんよー」
と言い立てるための報道である。
でもね。
この犯罪者の峻別はおかしい。
法制度は
「これこれこの罪によりこの人物はコミュニティのルール違反とし罰を受ける」
だったのに、マスコミは
「この人物はそもそもこういう生い立ちでこういう性癖だったから精神的社会的にはそもそもコミュニティの外にいた、だからルールを理解しきれず、だから罪を犯したのだ」
という文脈にしようとしている。

つまり、コミュニティを共有している者はルールを理解していて当たり前だというのが、昨今のマスコミ報道の見えない前提であり、それゆえにマスコミは犯罪者の異常性を暴き出しコミュニティ外の存在に仕立てるべく躍起になっているのである。
彼をコミュニティ内のルールで裁くことを一方では期待しながら。
「精神に障害があるため責任無能力者である」との結論をあれほど嫌忌しながら。

だが。
犯罪者ってのは、私とも、うちの子ともそんな変わんないもんだと思う。

まぁ、なんにせよ、なぜ自分だけルールを守らなくてはならないのか、と思う時点ですでに負けなんじゃないかな。
周りがどうであれ、自分だけは、自分が正しいあるいはこのコミュニティに必要だと思ったルールを守る。
それこそが義務だ。
もっと誇らしく生きろよ。


駄文にゅうすさま、記事の紹介ありがとうございました。
やくろあんてなさま、記事の紹介ありがとうございました。
超裏餌さま、記事の紹介ありがとうございました。
RinRin王国さま、記事の紹介ありがとうございました。
あにゅ~るさま、記事の紹介ありがとうございました。
Temporary Feelingさま、記事の紹介ありがとうございました。
無気力通信↓さま、記事の紹介ありがとうございました。
caprinのヲタ更正日記様、記事の紹介ありがとうございました。
Moonlight Butterfly 兼 僕ミシュランさま、記事の紹介ありがとうございました。
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Do as you likeさま、記事の紹介ありがとうございました。
ぷろぐらまぶるろじかるさぁきっとさま、記事の紹介ありがとうございました。
迎賓館裏口さま、記事の紹介ありがとうございました。
夕食はチェ・チュバ・テリエラさま、記事の紹介ありがとうございました。
ADON-K@ソフト館さま、記事の紹介ありがとうございました。
あと拾い損ねたかも知れない紹介してくだすったサイト・ブログ管理人様、ありがとうございました。

テーマ : 子供の教育
ジャンル : 学校・教育

いつもの。

子どものお誕生日パーティをやった。
今回は下の子。まだ交友範囲が狭いので来たのは4人。
例のごとくホットドッグパーティ。近所のパン屋さんに頼んでおいたロールパンと炒めておいたソーセージ、ケチャップで食べられる量だけ自作させる。
次にケーキ。今回はエキュートで購入したプリンロールケーキにした。子どもに「プリンロールケーキにするよ」と了承をとったはずなのだが、現場で「僕プリンきらい」などと言い出し盛り下がる。
その後先日も紹介したクワガタムシのゲームをする。勝った子から好きな賞品をもらえるのだが、第一子が一位、第二子はドベという順位となりビミョー。本人はお誕生日にプレゼントを山ほどもらったので特に不満はなかったようだ。
最後にデザートカスタマイズイベント。みかんとパイナップルの缶詰、スーパーで100円とかで売ってるわらび餅、いちごのフルーチェ、はちみつ、練乳を自由に使ってデザートを作ろう! というもの。
最初にいっとく。フルーチェは導入するな。導入するならヨーグルトだ。缶詰のシロップに酸味があるので凝固しまくりだった。
しかし子どもらはそれなりにエンジョイしていたのでよしとする。

そんな感じで終わった今年のお誕生日パーティ。楽しかったようで、来年もやりたいと言っていた。よかったよかった、それがお母さんの甲斐なのだ。

ウェブ拍手コメント御礼

ウェブ拍手コメント、ありがとうございます!

「究極のオナニーを求めては、とてもお気に入りの一つ。何度も読んでしまったよ・・・」
ありがとうございました!
百物語第二夜其の七十九 究極のオナニーを求めて
でございますね。

繰り返し読んでいただくのは物書きとしてのサイコーの喜びでございます。
何を隠そう実のところ私自身もこの作品の馬鹿の炸裂っぷりがとてつもなく気に入っております。
個人的には自慰仙人の著書
「自慰達」
がチョー読みたい。
章立てが、「こんなオナニーじゃイけない! ほんとうに気持ちいいオナニー指針」「オナニーグッズ番付表」「手作りオナニーグッズの吃驚性能」「自分の隠れた嗜好に気づくための自由連想オナ二ー法」「突撃隣のオナニスト」「人にとってオナニーとは何か」「おかずからの解放」「オナニーそして宇宙へ」
うぉぉ、読んでみてぇ!

誰か書いてくれませんかね。勿論手作りオナニーグッズの優は片栗Xで。

そういう、馬鹿だけどハイエンドっぷりには自信があるという作品をお褒めいただくと、なんかもう、がんばんなきゃなー、という気になります。
ほんとーにありがとうございました。
また新たなる愛読作品を書けるよう、がんばります!

「こんな変わったお話初めて聞きました。とても面白かったです! 」
ありがとうございました!
どの作品かわからないのですが、あんまりハイエンドな嗜好の作品でなければよいのですが…。
これからも変わった作品を書くよう邁進してまいります! ほんとうにありがとうございました。



テーマ : 自作読みきり小説
ジャンル : 小説・文学

気持ちよく眠ろう

相変わらず学びの時間に子どもはごねるわけで、しまいには「こんな家家出してやる! 」とかいうわけで、そうするとこちらもクローゼットに閉じ込めて「ここで家出してろ、お母さん一切なんかいわねーからここにいてろよ、外に出ると不審者がいてお前刺されるかも知れないからな、ここも家出と同じだろ? 」などと詭弁を弄しているとそのうち暗いのに耐えかねて「お母さん出してー」となる。それでもこちらムカついているので「やだ絶対出さねーお前今夜一晩ここにいろ」となる。それでもだんだんかわいそうになるのでしょーがないので出して寝るまでの残り時間によって続きをやらせたりやらせなかったり。そうして神妙にはなったけれどもまだ心のかたくなな子どもに
「反省した? 」
と聞く。大概まだ「うん」といえるほど心がやわらかくなっていないから無言である。それでひつこく何度も「反省したの? お前また物置いく? 」と聞くとそのうち小さい声で「反省した」という。そうすると「こっちに来い」となる。まだかたくなな子どもはいやがる。それでも手を引っ張って膝の上に転がし
「体の中にいやだいやだ菌が入ってるから追い出す治療をするよ」
といって体中をくすぐりまくる。そうすると最初は我慢しているがそのうち笑い出す。
「くすぐったいうちはいやだいやだ菌がいるからまだまだ続けるよ」
といってひつこくくすぐっているとそのうち
「降参降参」
となる。其のころには心の黒い曇りがなくなっている。また笑っていたずらをするようになる。そうして初めてお母さんは安心して寝かしてやれるのだ。
子どもはしくしく泣きながら眠ったりしちゃ駄目だ。お母さんは子どもをしかるけれどもそれは子どものやったことや習慣が駄目だからで子どもが駄目だからじゃないのだ。子どもはいつだってお母さんの宝物なんだ。お母さんは子どもが大好きなんだ。だから悲しい気持ちのままでなんか眠るな。お母さんはそんなこと望んじゃいない。
お前は素敵で大事な存在なんだっていうことを、悲しい気持ちのままでいなくてもいいっていうことを、毎日毎日お布団の中でなんとなく感じながら眠ってくれればいいと思うよ。

テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

クワガタパニックレビュー

すべての虫好きのお子さんはこれで遊ぶべきである。そんなボードゲームがBANDAIから出ていたことをご存知だろうか。

ゲーム図鑑シリーズ Vol.1 クワガタパニック 日本版

こちらマニアも満足させる非常に優れた科学的裏づけのあるゲームなんである。いやー、蝶サイコー。

なんでパニックなのかいまひとつ商品名が腑に落ちないのだが、これ、とにかく非常によくできたゲームである。ポケモンみたいにバーチャルな生物を採集するんでもなく、ムシキングみたいにどう考えても生息地の異なる甲虫同士がプロレス技で戦いあったりするわけでもない。

ゲーム風景はこんな感じ。

kuwagapanic1.jpg


ボードが大きく四つに分かれていることがわかるだろうか。これ、採集地なんである。
真ん中上部がスタート、左上から
「伝説のオオクワ大産地 山梨県北巨摩郡」
右上が
「北の高山クワガタの宝庫 福島県桧枝岐村」
右下が
「クワガタパラダイス諸島 伊豆諸島」
左下が
「南国のクワガタ天国 沖縄・奄美諸島」
となっている。
んで、それぞれのボードの端に積まれた山がそれぞれの地域に生息する昆虫のカードである。
山梨県北巨摩郡
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福島県桧枝岐村
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伊豆諸島
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沖縄・奄美諸島
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昆虫カードは非常によい写真を使っている。世界クワガタムシ博物館館長吉田賢治先生が新たに取りおろした写真だそうだ。駄目に見えたならネコタのせい。だって、もー夜遅かったんだもん…。

昆虫カードを見て盛り上がってきたが、さて、ゲームの進め方である。
序盤はまずホームセンターで虫取りの道具を集めることから始める。集める道具は以下
ルッキング採集用 網2m/網5m/双眼鏡
夜間採集用 懐中電灯/灯火採集セット
樹液採集用 防虫スプレー/ピンセット
トラップ採集用 パイナップル/腐ったバナナ
朽木採集用 オノ/ナタ
20060913232401.jpg

コマを進めていくうちにさまざまな甲虫のいそうなフィールドに出くわすのだが、そこで甲虫を取るには道具が必須である。そんなわけでまずは道具を集めるのである。
なお道具カードは5枚までしか所持することができない。そこにおいて万能性が廃されどれを使うのが有効かという駆け引きが生まれる。まぁ最終的には上記の採集用を一つずつ持つことになると思われるが。
で。
コマにとまるのだが、このコマがまた非常にためになる。
「クヌギの朽木に昆虫発見! オノを持っていれば昆虫カード2枚もらえる」
「栗の木の隙間に昆虫発見! ピンセット防虫スプレーどちらかを持っていれば昆虫カード1枚もらえる」
「ぶなの新芽に昆虫発見! 網5mを持っていれば昆虫カード2枚もらえる」
「人工樹液を作ろう! 腐ったバナナかパイナップルを持っている場合、その枚数分昆虫カードをもらえる」
「光のわなを仕掛けよう! 灯火採集セット懐中電灯のどちらかを持っていれば昆虫カード1枚もらえる」

とまぁ、ゲームをやっているうちにホントに採集の方法がわかるという段取りになっているんである。
またほかにも
「猛暑でクワガタがダウン 昆虫カードの中のクワガタカードを2枚捨てる」
とか
「まだ小さい昆虫は自然にかえしてあげよう 10点以下の昆虫カードをすべて捨てる」
さらには
まちがえて人の土地に入って怒られる。灯火採集セット 網のどちらかを持っていた場合 昆虫カードを全て捨てる
なんてリアルなのもある。わー。

んで勝ち負けの判定も面白い。
先にゴールしたのが勝ちではない。誰かがゴールした時点でゲームは終わるが、勝敗を決めるのはクワガタのレア度とカップリング率である。
先の画像を見ていただきたいのだが、基本ペアになっている。
そしてレア度人気度によって点数の上下があるのだが、このゲーム、昆虫カードごとの基本点数だけでなく、ペアを捕まえた場合ボーナス得点が加算されるようになっているのだ。
コマの随所に
「インターネットで昆虫仲間を見つけた! 好きな人と昆虫カード1体交換できる」
などとなっているのだが、これはペアを見つけるための戦略的なコマなのである。
ついでに、やはり先ほどのカード画面を見てもらうとわかるのだが、なんかあからさまな害虫とか、クワガタではないのとかが含まれている。
害虫はその地域の危険昆虫でありポイントがマイナス。
ほかの昆虫はその地域の素敵昆虫でありペアリングはできないが楽しい。
そんな風にゲームは進んでいく。

対象年齢6歳からとなっているが、最後の計算が少し困るかも知れない。自分たちだけで遊ばせるなら小学校3年生くらいからがいいだろう。
プレイ時間はおそらく45分くらいではないだろうか。今回は初回なので虫をゲットするたびに子どもたちが転げまわって喜んでいたため結局1時間くらいかかってしまった。
最初の写真の左上を見ればわかるが、本体はブックタイプで高さがA4サイズ、ゲーム図鑑というだけあって一部が図鑑になっているという優れものである。大人の科学などの昨今のでっかいおまけのついたムックを想像していただきたい。表紙部分にムリクリ冊子が着いてるでしょ。あんな感じ。
どう考えてもこれが2000円は安い。
買ってよかったと素直に思った。

で、写真見て気づいた人いるかもしれないけど、うちのマダラクワガタのカード♀しかない。
BANDAIに問い合わせてみる所存。

あー、あとコマで
「スーツ採集中のおじさんに昆虫をもらう」
というのがあってその註には
「スーツ採集 会社帰りのおじさんがスーツ(背広)姿で昆虫採集すること」
と記されていた。
クリーニングが…大変勉強になった。


ゲーム図鑑シリーズ Vol.1 クワガタパニック 日本版

テーマ : 子供の教育
ジャンル : 学校・教育

ウェブ拍手コメント御礼

午前4時に頂戴しました。

「なんてゆうか濃い文章だなーと」
「お笑いも見てみたい気がしますね」
「何だろう(笑 」
「注文の多い料理店かと思った」
「どこまであんのこれ(笑」

ありがとございます。個人的に薄味が嫌いなので濃い目にしております。どーでもいいですが先日アクセスしたサイトに「うすしお女性」というのがおりましてそれが何かというと感じやすすぎていつもうっすらとしおをふいている女性であると。もーフザケンナと思いましたね。久々に。
お笑い、どぞご覧ください。いくつかございます。
お客様の嗜好は秘密なのでございますね。
ご注文いただければ幸いです。こちらからの注文なぞ恐れ多くてございません。
それではまたのお越しを心よりお待ちしております。ありがとうございました。

テーマ : 物書きのひとりごと
ジャンル : 小説・文学

気づきの力

なんつーの、お母さんってのは馬鹿だから子どもに注意力を養ってほしいとか思っちゃうわけだ。
んで、無理。

なんだけど。

ふと思いついて

「さーお部屋の間違い探しだ! 間違ったところを探してみろ! 」

といったところ、

とりあえず上の子(小学校三年生)については机の上および床のクリーン化
などの効果が見られ
下の子についても言われたら気づくなどの効果が見られた。

以上のことより

なんで気づかないの!

とか

なんでそんなに注意力が足りないの!

とか叫ぶよりも、一応整頓された状態が常態であると認識させた上で
「間違い探し」
をさせるのが有効であると思われる。

いや、だってね、「気づきの力」つったって抽象的すぎてわかんねもん。

テーマ : 子供の教育
ジャンル : 学校・教育

いつかやりたいこと

一本の木が支えているすべての命を調べ上げてみたい。
小さいのでいいから、それにくっついてるすべての生物の種類と数とを調べ上げたい。
一年間を単位に、木と生物の生活史を調べ上げたい。

ドイツのアウシュビッツに立ちたい。あの土地を肌で感じたい。

世界中のいろいろな料理を食べてみたい。

恐山に行きたい。

高野山に行きたい。

ダイビングしたい。

昆虫を知りたい。時系列で彼らがどんな風に空間をすみわけながら進化してここまで分化してきたのかが知りたい。種と生活史との関係を知りたい。

荒木飛呂彦さんの作品を読み続けたい。

数学の世界を理解できるようになりたい。

天皇家のはらんでいる事実を知りたい。

それから

面白く独創的な作品を書き続けたい。

ウェブ拍手コメント御礼

ウェブ拍手コメントありがとうございました。

「新作のパンチラISMですvv」

ありがとーございます。
百物語第二夜其の九十 パンチラISM
でございますね。
新作を評価していただきますと、また創作意欲が湧いてくるものでございます。
ほんとうにありがとうございました。

私は心からパンモロを嫌忌します。
あればかりはほんとうにいやなのです。
唯一許容できるパンモロは女児のパンモロです。
純度100パーセントの変態ですな。

いや、なんてんですか、女児のパンモロは無邪気というかなんというか…あーもーしょーがんないなーっていう感じがするというか…。
すいませんもう黙ります。ごめんなさい。

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

よくわからない意地を張るお母さん

下り電車、夕暮れ。
幼児を連れた長身のお母さんがお姑さんらしき女性と一緒に乗ってきた。
向かいの座席の前に立っている。優先席だが誰も席を立たない。こちらも優先席に座っているが、向かいっかわだしなぁ、とスルーしてしもた。
横浜駅あたりで人が降りて二人分の席が空く。んでおばあちゃんが子どもを膝に座る。お母さんも座る。
このお母さんあかんぼを抱っこ紐で胸に抱いておった。ああ、しまった、と思ったがもう座ったのだからよいだろうとまたスルー。
で、保土ヶ谷かなんかで、自分の隣の席が二つ空いた。
三人並んで楽に座りたかろうと、
「よかったらこちらにどうぞ」
と声をかけ、自分は向かいの端っこに座った。
あかんぼ連れに気づかなかった罪滅ぼしの気持ちもあった。
お姑さんと子どもは素直にこちらに移動した。
が、あかんぼ連れのお母さん、動かない。
何でなのかわからんが、
「次の駅で降りるから」
と言って動かない。
そして確かに次の駅で降りていったのだが。
おしゅうとめさんと子どもがなんど
「お母さんもこっちにおいでよー」
と呼びかけても席を移動しなかった、そのわけがどうにもわからない。
んで、なんか、ああ、こういう人だったら譲んなくてもよかったやぁ、なんて思っちゃったんである。

テーマ : 家族でお出かけ
ジャンル : 育児

おそうざい

今週のおそうざい。

鶏腿肉のトマト煮
オリーブ、セロリ、レンズ豆

焦がしチャーシュー
肩ロース肉を砂糖とねぎ、醤油と蜂蜜で煮転がす

ひじきのたいたん
ひじき、棒湯葉、小松菜、えのきだけをチャーシューのたれとオイスターソースで炒め煮

キャベツの繊切り
塩と醤油とマヨネーズで

きゅうりとみょうがの酢の物
醤油と寿司酢

なすとおくらの出汁煮

味噌汁
葱と高野豆腐、わかめ、なめこ、山伏茸



テーマ : ばんごはん
ジャンル : グルメ

なんてことない日常

子どもを歯医者に連れて行った帰り、ふとどこかにゆきたくなった。
海にしようか山にしようか。
そういえば自分は大池に行ったことがなかった。
それで子どもに案内を頼み、大池にゆくことにしたのである。
大池は里山にある池である。人の手で大切に保護されているらしい。
子どもたちがザリガニを取ったりするような場所である。
自分は中学からここに住んでいたのだが、行った事がないような気がする。
が、中学のときのマラソンの終点はここであったような気もする。
何しろ町並みが変わってしまっているので、よくわからないのだ。
住宅街を抜け、坂道の手前のせせらぎの脇に自転車を止め、その先の小径をゆく。
こおろぎや鈴虫の鳴く声を左右から浴びせられる。余り暇なく降りかかるもんだから、体の中でこだまするようだ。
次第に夕暮れが深くなる。年経た目にはもう細部が見えず、そのせいで原初の恐れが安穏たる人工的日常を引き剥がすように寄せてくる。
子どもらはなれた様子で何かが動いただの何かが居るようだなどと橋の下にももぐりこむ。
池についた。
なるほど池だ。見たような、見ていないような池だ。
ふちにぐるりと遊歩道があり、その途中には東屋もある。
東屋の下の卓にはどうしてかティッシュが箱で置いてある。
ゴミ箱はない。
水面に跳ねるものがある。
水面を揺らすものもある。
波紋を起こすのはあめんぼうであった。跳ねるものはわからなかったが、おたまじゃくしがいるようだ。
といってもこれも子どもから聞いた話、感度の衰えた自分の目には水中の影は見えても何であるかの判別にはいたらなかった。
夜が近づいてくる。
木々の間が昏くなる。
もう帰ろう、と第二子が言った。もう夜だよ、と第一子が言った。
なるほどなるほどもう夜だ、帰ったほうがよろしかろう。
踵を返したその先に子どもが歓声を上げた。真っ赤な夕焼けだ。
見上げると群雲が鴇色を帯びている。
あの色は鴇色というんだよ、と聞かすともなくつぶやいてみる。
もと来た道を戻りながら、せせらぎ沿いの家の窓を気にする。カーテン越しの見え方を自分の家に比してみる。
子どもらはしきりに夜だ夜だと言い合っている。まだ夕暮れだよ、と思いながらふと空を見上げた。
真っ黒な梢が薄明かりをびた空にくっきりとした輪郭を刻んでいる。
それを見て私は、マグリットの絵を思い出したのである。

ウェブ拍手コメント御礼

ウェブ拍手コメントありがとうございました。

「パンチラism、私は女ですが激しく共感しました(恥ずかしながら●´v`●) 」
大変ありがとうございます。ですがこのウェブ拍手コメント頂戴したのが3:57。

夜中と夜明けの狭間に何なさってるんですか。こんなもん読んでるバヤイじゃないでしょ! お肌のためにも寝なきゃでしょ! わー!

いやまぁ、パンチラに貴賎なしでございますからねぇ。

これを受けて私は冒頭の
「男子なら誰だって好きだろう」
の文章を
「誰だって好きだろう」
に戻させていただきました。いや最初は後者だったんですがいまいち自信がなく。しかし女子にとってもパンチラはミリキテキということを再任いたしましたので堂々と参ります。

そんなわけで、
百物語第二夜其の九十 パンチラISM
お読みいただければ幸いにございます。

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

百物語第二夜其の九十 パンチラISM

 今回の出来事を明かすにあたって、パンチラの表記法に迷った。
 パンチラかぱんちらかはたまたパンちらか。
 グーグル先生に聞いてみたところ、パンチラ>ぱんちら>パンちらであったため、パンチラの表記を採用した。
 
 パンチラ。
 僕はパンチラが好きだ。男子なら誰だって好きだろう。しかし何故好きかと問われれば答えに窮する。
 何故パンチラなのか。それはたかがパンツではないか。布切れではないか。繊維ではないか。どうせなら先を望め。男子たるもの真の目標はヴァギナであろう。そうであれば、パンチラよりもマンチラ(リアルにそういうものにお目にかかる機会があるかどうかはともかくとして)を志向すべきではないのか。
 否。
 自分はマンチラに萎える自信がある。赤貝のようなアレにふい打たれたらたとえその持ち主がどんなに美しくどんなに清楚なお嬢さんであったとしても屠殺される山羊のような表情でがっくりと膝を着く自信がある。なぜか。別にヴァギナが嫌いとかそういうわけではない。大体ヴァギナは好き嫌いの対象ではなかろう。あれは本能的な需要を呼び覚ますだけで、心のイコン、あくがれの的になるようなものではない。
 やはりグロテスクだからだろうか。はみ出した内臓そのものであるからだろうか。
 いやそんなことを言えば自分のペニスだって相当グロテスクなものだ。全身わりと慎重に滑らかにこしらえてあるにも拘わらず、何故両性とも生殖器はこんなグロテスクな作りなのか、進化の神様に問いただしたい。しょーがんないんだろうが、何か違う。
 パンチラ。
 パンチラは神である。女神の光臨であり、幸いの不意打ちである。マンチラはありがたみが生々しいのにパンチラは見たものの精神を高みに押しやるほどの幸福力を孕んでいる。極度の守備範囲外はともかくとして、自分の好みのタイプの女性のスカートが突然風にあおられ、その奥の清楚なる布きれが一瞬、ほんの一瞬視野に閃き…そしてたちまちの内に再びスカートの帳の向こうに隠れてしまった、そんな場面を想像して欲しい。それはいったいどんな喜びだろうか。自分の運のよさを誇り、神に感謝せずにおれるだろうか。一瞬であるということが大事なのだ。それは閃きであり、そして刹那であらねばならない。パンチラの本質は儚さであらねばならない。夏の夜空の花火よりなおその命は短く、それゆえにいつまでも見たものの心に残る、そのようなものであらねばならない。

全部読む




はい、皆さんお久しぶりです。実に三ヶ月ぶりの新作です。三ヶ月ぶりの新作のネタがパンチラです。
この人本格的な馬鹿だと思います。

そんなわけで、この人かわいそうな人なので、よかったら読んでやってください。

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

ネコタ斑猫

  • Author:ネコタ斑猫
  • オリジナル百物語サイトバー理科室の管理人。本家サイトでは400字×20枚内読み切り短編連載中。死ぬまでに千物語を完成させるのが目標。
    プロフ画像は山田芳裕著「へうげもの」より。古織いいよ古織。
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